トップページコラムメンタルヘルスケアの現場から心のケア、なぜ必要なのでしょうか?
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心のケア、なぜ必要なのでしょうか?

Good Doctor NET 2009. 5. 11 掲載記事より

2009.05.11   大西秀樹

 医師になって23年目、精神科医として心のケアを担当しています。

 多くの人が精神科の外来に駆け込んできます。患者さんは精神科医に様々なことを訴え、精神科医はそれをじっくり聞いて患者さんの精神状態を判断し、臨床的な診断を下し、患者さんに説明し、状態によっては薬物療法を行います。

 医療現場では当たり前の光景です。でも、何故心のケアが必要なのでしょうか。

 私自身、医師になったばかりの頃、ケアというものについて、本当に有効なのだろうかと悩んだ時期がありました。ケアを行なっても症状は悪くなる一方・・・。私が行なっているケアにはあまり意味がないのではないかと。でも、1人の患者さんにお会いしてからその考えが根底から変わりました。今回はそのお話をしたいと思います。

 もう20年も前のこと、私が精神科医として駆け出しの頃のことです。外来に高齢の女性とその息子夫婦がやってきました。

 息子の言い分は「母を病院に入れたい」。息子は母を病院に入れたいと申し出てきたのですが、その理由が「自分たちに自由がないから」というのです。それも母親の目の前で。

 息子は続けます「おばあちゃんがいるから自分たちに自由がない。自由が欲しい。」と。何が自由なのでしょうか。こうして得られた自由に何の意味があるのでしょうか?

 母親は黙って聞いていました。悲しそうな顔でした・・・。こんな悲しそうな顔は見たことがありません。ご家族に対して、もう少し考えたほうが良いのではないかと言ったところ、息子夫婦は不機嫌そうな顔をして帰ってしまいました・・・。

 私には、今でもその女性の悲しそうな顔が忘れられません。息子から「おばあちゃんがいるから自由がない」と医師の前で言われたときの悲しい顔。自分が生んだ子なのに、その子から要らないと言われる。きっと、家ではもっときついことを言われているに違いありません。

 息子夫婦は、母親のことをどう考えているのでしょうか。自分を生んでくれたかけがえのない母。その母に対してこんなことが言えるのでしょうか。

 この高齢の女性には心のケアが全く入っていません。家の中の誰からも省みられず、蔑まれていました。とても悲しいことです。心のケアが入っていないとはこんなにも恐ろしいことなのです。

 それ以来、心のケアというものは、たとえそれが上手くいかないようにみえても、患者さんの人生にとって欠くことのできないものであると確信しています。患者さんに悲しい思いをさせたくありません。

 ケアというのは地道な作業です。患者さん、ご家族と話し合いを繰り返し、問題点を抽出し、実行可能性を考えながら進めてゆきます。上手くいかないことも多々ありますし、上手くいったとしても患者さんの状態が劇的に改善することはそう多くありません。

 長年にわたるケアは患者さん、ご家族に対して心身への負担を強いるものであります。アルツハイマー病、がんなどの進行性の病気ではケアをいくら重ねても病状は進行してゆきます。ケアを行なう側の私たちもかなりの忍耐を必要とします。

 でも、これで良いのです。ケアは入っていますから。ケアが入っているだけで素晴らしいことなのです。なぜなら、ケアがないということは先ほどの例で挙げましたように、患者さんの人生を尊厳のないものに変えてしまうからです。

 ですから、皆様が日常何気なく行なっているケアは、たとえそれがうまくいっていないように見えてもケアが入っているというだけで、素晴らしいことなのです。

 なぜ、ケアが必要かという最も基本的なことについてお話いたしました。ケアは患者さんの人生を大きく変えるほどの力を持っています。たとえそれが上手くいっていないようにみえても。