河野 龍太
インサイトリンク代表/多摩大学大学院客員教授

 イノベーションリーダーの重要なスキルとして、ビジョン構想力があります。

 ビジョンとは、達成したい将来の目標像のことです。我々は何を目指すのか、どういう存在になりたいのか。こうした本質的な質問に答えを与えるのがビジョンです。顧客や社会に対してこれまでにない新しい価値を創造する。こうした高い目標を目指している以上、イノベーションには困難がつきものです。

 優れたビジョンは、イノベーションが進むべき方向を明らかにし、困難を乗り越える推進力とモチベーションを生み出します。逆に、ビジョンが明快ではない組織は、社員の方向性が一致せず、大きな目標達成を果たせません。イノベーション・リーダーは、ビジョンによってイノベーションの向かうべき方向性を明らかにし、人々の挑戦意欲と創造的な取り組みを加速させます。

ビジョンがイノベーションを起こす

 ビジョンがイノベーションを起こす例として分かりやすいのが、ケネディ大統領の打ち出したビジョンです。アメリカのケネディ大統領が「1960年代の終わりまでに人類を月に送る」というビジョンを打ち出したことで、アメリカの宇宙開発におけるイノベーションは一気に加速しました。実は、ケネディが人類を月に送り込むというビジョンを示した時点では、アメリカにはまだそれを可能にする技術はありませんでした。しかし、このビジョンによってNASAを中心として技術開発が猛烈に進み、本人は暗殺で倒れたもののアポロ計画の成功によって見事に実現されたのです。

 大企業では組織が硬直化してイノベーションが生まれにくいという問題が起こりがちです。イノベーション・リーダーはビジョンによって、こうした局面を打開できます。たとえば、P&Gのアラン・ラフリーは、2000年のCEO就任当時「P&Gの成長目標を達成するために、研究開発やイノベーションのアイデアの50%は社外から調達する」というビジョンを打ち出しました。これにより、自前主義にとらわれ過ぎて優れた商品が出せずに深刻な苦境に陥っていた同社を、再びイノベーションを生む企業へと変えました。ラフリーのビジョンをきっかけにイノベーションの取り組みが加速したことで、ヒット商品が次々と生まれ、利益も大幅に改善しました。最終的に株価はラフリーがCEO就任直後の3倍へと向上しP&Gは劇的に蘇ったのです。

 新しい事業に取り組む組織が、高い意欲を持った人材を引きつけ成長を実現する上でも明快なビジョンは大きな力となります。バングラディッシュの素材をつかったバッグなど新しいファッションを提案するベンチャー企業マザーハウスは、先進国の生活者のセンスを満足させるクオリティの高い商品をつくりながら新興国の社会的課題も同時に解決するという難易度の高いビジネスモデルに取り組んでいます。そのマザーハウスの挑戦と事業成長の最大の原動力となっているのが、「途上国から世界に通用するブランドを作る」という同社のビジョンであると副社長の山崎氏は言います。