清宮 普美代
株式会社ラーニングデザインセンター 代表取締役

 最近、社会起業家が集まるパーティにいってきました。企業は社会に意味のあることを提供していなければ市場から退場してしまいます。だからすべての企業にとって社会起業が原点であるし、すべての創業者は社会起業家といえるような気がします。つまり、社会起業家が特殊な特別な人ではないと思っています。

 しかし、そこで出会った人たちから、とても刺激をうけたことも事実です。なにより彼らが行っていることを通じて、自分ごととして語られるこの世界の様相は、彼らが社会に対して自分の責任をとろうとしていることを感じられるものでした。

社会を変えていこうと思えるか、どうか。
組織を会社を変えていこうと思えるか、どうか。
自分を変えていこう、成長していこうと思えるか、どうか。

そして、

チェンジ・エージェントとしての自分を設定できるかどうか。

 この分水嶺はどこにあるのでしょうか?

シンパシーとエンパシーは、同じ「共感」でも違いがある

 神戸大学の金井先生の研究で「修羅場体験がリーダーを育てる」と言われて久しいです。でもただ修羅場を「体験」をすればいいのかというと、ちょっと違う気もします。この調査データでは、「一皮むけた経験」が生じた時期は実は、29歳以下が34.1%(「一皮むけた経験」調査)で最も多い時期だということが示されています。

 また、社会起業家をサポートする団体の話でも、社会にインパクトのあるリーダーシップを発揮した人のライフヒストリーを探ってみると、実は、10代で自分自身がオーナーシップを持った社会に対しての取り組みを行っていることが鍵だということがわかってきたそうです。そう考えると、確かに、ティーンエージャーの時にどのような体験ができたたが、その後の自分と外界(社会、組織、他人)に関わり方にとても影響があるものだと思います。そして、その体験はリーダー育成にはとても意味のあることなのかもしれません。

 私自身は、仕事のなかで自分をストレッチすることで、リーダーは育成されるものと考えてきていました。しかし、その「体験」そのものの意味を見いだせる力、自己と外の関係を紐づける力がもてるかどうかがポイントではないかと、最近考えています。

 その鍵になる力は、共感(エンパシー)です。

 英語でいうシンパシーとエンパシーは、同じ「共感」でも違いがあります。北川達夫先生と前に対談した際、彼が言っていたこの二つの最大の違いは、それぞれの発想の前提だということです。つまり、相手のことがわかるという前提で考えるのがシンパシー、相手のことがわからないという前提で考えるのがエンパシーです。シンパシーは、いわゆる「感情移入」、つまり「そうそう、わかる、わかる。私もそう思う」という、いわゆる同情というものです。エンパシーは「自己移入」、「あなたのことはわからないが、私としてこう思う」というものです。

 他との関わりをもつうえで、エンパシーできることが大きければ大きいほど、体験を紐づける力を促進するものだと思われます。自分に起こったことをただ受け流すだけでなく、「体験」としてとらえる力や、他者の状況を想定しながら、自分の気持ちや考えを明確にしていくこと。それは、自分ごととして体験を受け取れる力です。