リップシャッツ 信元 夏代
アスパイア・インテリジェンス社 代表取締役

 価値の評価軸は文化によっても大きく異なることは既に皆様もご承知の通りです。先般、日米の人気有名人を例に挙げてお話しましたが、テレビ番組のコンテンツもしかり。最近日本では、バラエティ番組で「格付け」的な番組が流行ってると聞いています。例えば、1本100万円のワインと2000円のワインの違いを目隠しして飲んで見破るとか、一台1億円のバイオリンの音色を聞き分ける。あるいは、「常識」テストで漢字の書き順をどれだけ正しく書けるか、といった類のものです。これらの格付け的番組では、「違いが分かる」人が評価され、分からなければ笑いの対象です。

 バラエティ番組といえど、このような番組が流行っている背景には日本人の価値観が見え隠れしている、と言えるのではないでしょうか。つまり、ある既成の物差しを元に「格」を測って評価基準とする、という価値観です。「勝ち組」「負け組」という表現も一時流行りましたね。これも、既成の物差しで測った結果の評価です。ところが、このような物差しは、日本という「枠」を一歩出たら「非常識」と捉えられかねません。

「素」v.s.「格」

 確かに、そのような尺度で測られた「格」は教科書的には評価に値するものでしょう。英語ではこれを文字通り、「Textbook」な価値観と表現します。「Textbookな良い生徒」といえば、「絵に描いたような優等生」と言うことになります。教科書に書かれている通りに振舞い、回答できる人は優等生といえる、という意味合いです。

 しかし、この英語の表現には実は裏があります。一見、高い評価をしているかのように見える「Textbook」ですが、この裏には同時に「Textbookな人は通り一遍で面白味がない」「既成の枠の中でしか成果を上げられない」という冷ややかな意味合いも隠れているのです。

 ですからアメリカでは、Textbookに沿って善し悪しが判定されるような「格付け」的なバラエティー番組はあまり見られません。その代わりに人気があるのは、リアリティー番組です。芸能人の普段の生活を追ったものから、一般主婦にフォーカスしたもの、結婚相手を捜す男女にフォーカスしたもの、など。種類は様々ですが、いずれにも共通しているのは、番組に登場する人々はみな「素」を見せている、という点です。当然、怒りや悲しみ、ぶつかり合い、不平、不満、時には取っ組み合いの喧嘩になることもあります。

 あくまでバラエティ番組ですから、このようなシーンが誇張して放映されているということは否めませんし、その「素」ももしかすると作られたものであるかもしれません。しかし、それを差し引いたとしても、アメリカでは誰かが用意した物差しで「格」を測るのではなく、そのような物差しにとらわれない「素」を表現していたり、既成の物差しの枠から外れたヒト・コトなどにフォーカスした番組に興味が集まる傾向にある、と言えます。誰も「Textbook」には興味をそそられないのです。