リップシャッツ 信元 夏代
アスパイア・インテリジェンス社 代表取締役

 在米の日系企業に勤めていたり、日本人とビジネスをする立場にあるアメリカ人によく尋ねられることがあります。

「日本人とのミーティング時などに質問すると、なぜか日本人は笑みを浮かべて黙ってしまうことがある。あれはどういう意味なのか???」

と。

不可解な日本人のリアクション

「面白いことを言ったつもりでもないのに、なぜか日本人は笑う。笑いのつぼが違うんだろうか???いや、どうやら違うらしい。どこか居心地の悪そうな感じなのだが、なぜ、笑うのか」

と。

 また、こんなコメントも良く聞きます。

「日本本社や日本人のチームメンバーに提案をしたとき、『It’s difficult(それは難しい)』と言われることがある。アメリカ人側では、ではどうやったらその難題を乗り越えて実現できるのか、と試行錯誤し、再度提案し直す。特に説明もなく全く異なる違う内容が既に決定されていたり、ここでも苦笑いをされてすまされたりする。全く不可解なこのリアクションはどういう意味なのか?!?」

 心当たりありますか。皆さんならどう説明しますか?

「空気を読む」のは暗黙の了解?

 異文化コミュニケーションの概念を説明する上で、これまでご紹介してきたホフステッドのモデル以外にもう一つ、アメリカの文化人類学者エドワード・ホールが説明した「高コンテクスト」「低コンテクスト」というモデルがあります。

 「高コンテクスト」とは、実際に言葉として表現された内容よりも、わざわざ言葉にしなくとも相手に理解される(理解したと思われる)内容のほうが豊かなコミュニケーションアプローチで、日本語はその最極端な例とされています。非言語メッセージに頼るコミュニケーション方法を取ることから、「高コンテクスト」なコミュニケーションを取る文化は、「察しの文化」などとも表現されます。

 一方で「低コンテクスト」とは、言葉に表現された内容のみが情報としての意味を持ち、言葉にしていない内容は伝わらないと考えられるコミュニケーションアプローチで、最極端な例にはドイツ語が挙げられています。「察しの文化」に対し、こちらは「言葉の文化」と表現されます。アメリカも非常に「低コンテクスト」な文化圏である、と考えられています。

 日本語には「空気を読む」という表現がありますが、これはまさに「高コンテクスト」文化の象徴です。「低コンテクスト」の文化圏の人々からしたら、見えもしない空気を読むなんて、理解不能なコンセプトです。また、「高コンテクスト」文化では、調和や平穏を好む傾向にもあります。何か言いにくいことがあってもそれを直接的な言葉で表現せず、互いの暗黙の了解の下に「空気」を読んで、場の平穏を保つことが美徳であり、安心できる環境であるのです。