細川馨
ビジネスコーチ(株) 代表取締役

細川:簡単に吉田さんの経歴についてお話しいただけますか。

吉田:ヤフーは3社目で現在11年目になります。キャリアのスタートは大学卒業後、流通業のヤオハン・ジャパンに入社しました。ところが、入社して1年ほどで会社更生法が適用されて同社は倒産してしまいました。ヤオハンは当時の上場企業倒産のはしりで、その後山一証券、北海道拓殖銀行が会社更生法を出して倒産した頃です。

細川:1997年ですね。

カリスマ経営者の下で社会へ影響力や貢献について学ぶ

吉田:そうです。就職時も氷河期と言われた1~2年目の年でしたね。ヤオハン退社後実家のある京都に戻り、従業員1000人、年商500億円規模のメーカー商社に入社しました。営業職で入社し、営業企画と生産管理を担当した後、新規ビジネスの開発分野を担当させてもらいました。30歳を迎える頃、これからは産業自体が成長するところに身を置き仕事したいと考えるようになりました。2002年で通信回線がナローバンドからブロードバンドに変わり、インターネットがまさに広がろうとしている頃でした。インターネット業界が成長期に入ろうとする時期に、私はヤフ―に入社しました。

細川:ちょうどITバブルが終わった頃でしょうか。先見の明がありますね。

吉田: 当時のヤフーは社員規模としては500人くらいでしたが、既に知名度は高かったです。今は社員数約5000人ですので、この10年で10倍になったわけですね。

細川:話は戻りますが、ヤオハンの和田一夫さんは何かカリスマを感じる人でしたか。

吉田:和田さんに関しては、入社式などで社長訓示を聞く程度でした。ただ、当時は雑誌やテレビなどのメディアに多く取り上げられていました。「ヤオハンは流通業界のソニーになる」という和田さんの言葉に共感しました。大学時代、私には大きな夢やビジョンはなかったのですが、そういう大きな志のある会社に身を置けば、その志を目指す中で自分の夢やビジョンを見つけていけるのではないかと思ったことを覚えています。

細川:ソフトバンクの孫正義さんもスケールの大きい方ですよね。

吉田:そうですね。会長の孫はアジア屈指、世界屈指の経営者だと思います。彼のメッセージや行動力は学ぶことが本当に多いです。

細川:超カリスマの下で働かれていますね。社会に影響力を与える人のところで働きたいと思っていたのですか。

吉田:社会に影響力を与える人の下で働きたいといったモチベーションとは少し違いますが、何らかの形で社会に貢献できる仕事がしたいというのは当時から考えていたように思います。そのような思いは様々な仕事を経験したり、多くの人と出会ったりする中で、最近益々強まってきています。

ヤフー
吉田 毅(よしだ・たけし)
ピープル・デベロップメント本部 組織開発室 室長
1971年生まれ。明治大学大学院グローバル・ビジネス科修了。2003年にヤフー入社。営業企画やウェブプロモーションなどの分野で13のチームの立ち上げ運営に携わり、同社の事業拡大を推進する。2007年インターネットのオープン化推進セクションに配属され、2008年には営業企画部門の部長職に就任。2012年4月、体制変更により人事本部に異動。同年7月より組織開発室室長を務め、現在に至る。