細川馨
ビジネスコーチ(株) 代表取締役

細川:まずは頭取のプロフィールからお話していただければと思います。

平岡:昭和53年、1978年に入行しました。当時はまだ相互銀行と呼ばれる時代で、就職環境は厳しい時代でした。ある証券会社に行こうかとも考えたのですが、縁あってここに決めました。

細川:支店からスタートで、支店長になり、本社に早い時期に戻られたのですか。

2つの支店勤務、30歳で本社に戻り、49歳で役員に

平岡:本部勤務は比較的早く、30歳になったときでした。2つ支店を経験してから人事部に呼ばれました。当時30歳で本部にいる人は少なかったので、女性陣も物珍しかったのか結構ちやほやされました。早く結婚したのはしまったなと思いましたね(笑)。

細川:その後はどうされたのですか。

平岡:人事から秘書に行きました。

細川:人事、秘書となると、50歳過ぎても銀行に残るという印象ですが。

平岡:秘書は役員の良いところ、悪いところの両方をつかむので、案外出世しないという例も多いのです。

細川:そうなんですか。人事は役員になる人が多いのでしょうか。

平岡:人事は仕事上のエラーが見えにくいので、上がる可能性は高いといえるかもしれません。

細川:人事部はエリートコースですね。

平岡:本当に優秀な人が行くのは企画部だと思います。人事にいると人を知らなくてはいけないので、必然的に長くいることになります。そうすると長い間、良い評価がつくので後でも評価されやすいかもしれません。ただ人事にいると、支店長も頭を下げてくるので、人を軽く見てしまい、一歩出たとたんにひどいめにあって、落ちていく人もいます。支店長になったときに、推進部門とか審査部門から足を引っ張られますよね(笑)。

細川:支店長になられて、役員になられたのはいつですか。

平岡:役員は49歳です。2店舗支店長をやり、企画部門に戻り、それから本部に5年いました。弊社は母店というブロック制をひいているのですが、その後山口の店舗の母店長を1年半やって戻り、総務人事部長をやっているときに役員になりました。

細川:50歳を過ぎると銀行は出ていく印象があるのですが、役員になるとどうなのでしょうか。

平岡:役員になるとき1回退職します。行員のままだったら55歳までは安泰です。当時は日銀から頭取が来ていたのですが、とても厳しい方でした。役員になったとたんにいつどうなるかわからない、非常にプレッシャーがありました。役員は1年更新です。頭取には平成22年になりました。

株式会社西京銀行
平岡 英雄(ひらおか・ひでお)
代表取締役社長
山口県出身。1978年3月広島大学政経学部法律政治学科卒業。1978年4月株式会社山口相互銀行(現・株式会社西京銀行)入行。1994年4月末武支店長、2002年4月本部経営戦略室長、2003年4月山口県県央地区統括部長兼山口支店長、総務人事部長を経て、2005年6月取締役兼執行役員に就任。2008年6月代表取締役常務経営企画本部長、2009年6月代表取締役専務経営企画本部長を経て、2010年6月代表取締役頭取(現職)に就任。