高田 康成
東京大学大学院教授・同グローバルコミュニケーション研究センター長

 いまや「グローバル人材育成」なる言葉は、ほとんど“瓢箪鯰”と化した感がある。英語教育の改善も、この国では周期的に唱えられてきたことであり、派遣留学生の数を倍増することも、また耳新しいことではない。内向き志向を外向き志向に変えようという壮大な掛け声は、たしかに新たな試みかもしれない。しかし、惨憺たる結果に終わった大日本帝国の記憶は、集団的意識の深層に染み込み、おそらくそれを容易に許さないのではあるまいか。

 このような困難を念頭に置いたうえで、いまだ近代化の残滓を多くとどめる大学として、「グローバル人材育成」に向けて具体的に何をすべきか。以下、言語教育と国際教育研究制度の2点にわたって述べることにする。

言語教育

 ここで「言語教育」と断ったのは、「グローバル人材育成」と言えば即「英語教育」促進、という短絡的な発想では不十分だからである。「英語教育」の抜本的な改革が不可欠であることは言うまでもない。だが、英語が世界の共通語になってしまった今日的状況では、英語以外の第二の外国語の習得が新たな光の下に重要になりつつある、という認識もまた持たねばならない。

 「英語教育におけるパラダイム・シフト」 ―― しかし、まずは英語教育の抜本的改革を図らねばならない(周期的に唱えられ、そのたびにほとんど成果が上がらず終わってきたという長い歴史があるとしても、今度こそと祈るように)。そのためには、たとえば米国の検定試験のスコアーを達成目標として導入するというだけではあまりに安易すぎる。

 真っ先に着手すべきは、初等中等そして高等教育すべてにわたって、ネイティブ・スピーカーの教員数を大幅に増やすことである。近代化の過程においては、「お雇い外国人」の例に見るように、たしかにネイティブ・スピーカーの雇用は費用がかさんだ。しかし1985年のプラザ合意以降、為替レートによる障壁はほぼなくなった。国もそれに合わせて、1987年には「JETプログラム」(語学指導等を行う外国青年招致事業)を開始している。これは「グローバル人材育成」の先駆けとなる素晴らしいプログラムだが、残念なことに、どういうわけか2003年を盛期として以降その規模は下降線を辿っている。本来ならば、小学校での英語教育導入、高校の学習指導要領における英語によるコミュニケーション授業の必修化に合わせて、大幅に拡大増強するというのが筋なのだが…。

 第二に行われるべきは、高等教育における英語教育の意識改革である。早急に、従来の「読み」を中心とした方式から、「書くこと」を土台とした学習システムへの転換を図らなければならない。「先進国に学べ」という受容をこととした近代化のパラダイムから、「世界とともにイノベーション起こす」という能動的対話に重点を置くグローバル化のパラダイムへのシフトと言ってもよい。この種の英語教育は、英語それ自体を対象とした「英語を学ぶ授業」とともに、それを超える論理的思考の組み立て方(俗にいう「クリティカル・シンキング」)をも含まざるをえない。(注1)

注1:この新たなシステムは、東京大学教養学部においてALESS/ASESAプログラムとして実現されている。http://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/academics/zenki/aless-alesa/index.html

 そして第三に実践されなければならないのは、「英語による専門科目の授業」の大幅な開設である。この課題は、従来の大学の英語教育の改革では常になおざりにされてきたものだが、グローバル化に即応するには、もはや避けて通ることはできない。その実現に当たっては、近代化の残滓が容易に克服しがたい規制として、なお存続していることはすでに述べたとおりである。

 「英語以外の外国語」あるいは「トライリンガル・プログラム」 ―― 「英語による専門科目の授業」の大幅な開設が必要とされるのは、英語教育に要請されるパラダイム・シフトによるだけではない。1990年代に始まった「短期交換留学制度」が、世界的に大学間において定着し、学生がグローバルに「還流」する時代になってしまったからである。たとえば、ブルガリアの学生が留学先のフランスの大学から短期留学で東京に来る、あるいは韓国の学生が留学先のドイツから短期留学でカナダへ行く、ということがすでに常態化している。言うまでもなく、これを可能にしたのは英語の世界共通語としての確立であるが、この「還流」に与る学生たちは、自ずと英語以外の外国語を習得することになる。すなわち、「トライリンガル」(三か国語使い)現象というのがグローバル・モビリティのなかで生まれたのである。言語教育におけるグローバル化対応は、この新たに出現した事態を無視してはいけない。(注2)

注2:東京大学教養学部では、日英中「トライリンガル・プログラム」をこの4月から開始した。http://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/academics/zenki/tlp/index.html