リップシャッツ 信元 夏代
アスパイア・インテリジェンス社 代表取締役

 理念を共有し、固有の優れた組織風土を持つ企業は競争力が高いことが、様々な学者の研究や企業の事例でも実証されている。今回は一社員の発案から、理念の共有により、短期間で国境を越えて大きなインパクトを生み出すCSRプログラムへと発展した事例を紹介しよう。

 オシュコシュビゴッシュは1895年にウィスコンシン州オシュコシュ市で創業された子供服のアパレルブランド。アメリカで200店舗以上のアウトレットストアを構えるほか、世界65カ国において、百貨店への店舗内出店や、通販なども展開している。このオシュコシュビゴッシュが、今年3月11日に日本で起こった大惨事、東日本大地震に素早く対応すべく、子供服を被災地に届けるプログラム、Cranes for Kidsを地震発生後たった2週間強で世界中で立ち上げた。その原動力となったのは、正にオシュコシュビゴッシュ社内外での理念の共有であった。

届け、千羽鶴に乗せた祈りと願い

「日本の津波のニュースを聞いたとき、すぐに何かをしなければいけない、と、いてもたってもいられなかったんです」

 オシュコシュビゴッシュのブランド戦略ディレクター兼カーターズ・インク(オシュコシュビゴッシュの親会社)のフィランソロピー戦略ディレクター、タニヤ・コベントリー・ストラダーさんはその時の様子を振り返る。

「日本の被災者の皆さん、特に子供服ブランドのオシュコシュビゴッシュとしては子供たちの助けになりたいと思いました。と同時に、起こった大惨事について、子供達にどのように話をしたらよいのか迷っている親御さんや学校教師たちの力になりたい、とも思いました。そこで私は“サダコと千羽鶴”のストーリーを思い出したのです」

 “サダコ”とは、広島の原爆で被爆し、原爆症で死亡した佐々木禎子さんのことだ。日本ではご存知のとおり、1000羽の鶴を折ると、長寿と病気快癒が叶うという言われがある。原爆症を負った“サダコ”は、自らの延命を祈って折り紙で鶴を1000羽折ったといわれている。そこから千羽鶴は平和のシンボルとなった。広島平和記念公園には現在でも世界中から千羽鶴が送られて来ており、原爆の子の像の周りに手向けられているのだ。

 折り鶴を1000羽折れば願いが叶う…。健康と祈願、そして平和のパワフルなシンボルである千羽鶴からインスピレーションを受けたタニヤさんは、オシュコシュビゴッシュを通して、賛同するアメリカの人々に、日本の被災地の平和と人々の健康への祈りを込めて折り鶴を折ってもらうことで、日本の復興を願おうと思いついたのだった。