大西 秀樹
埼玉医科大学国際医療センター精神腫瘍科教授

 精神科クリニックを受診してから2カ月が経ちました。一度は担当医の指示を守らずに具合が悪くなりましたが、その後は医師の助言をよく守りゆっくり過ごしていました。その結果、夜も眠れるようになり、気持も落ちつき、食欲も戻り、身体も動くようになってきました。

 クリニックで医師にそのことを伝えると、次のような指示を受けました。

「それは、良かった。眠れて、食べられるようになったのは調子がよくなってきた証拠です。会社への復帰も見えてきましたね。少しずつ身体を動かしましょう」
「ありがとうございます。では明日、ためしに会社へ行ってきます」

いきなり会社に行くのは無理

 元気良く言う新井さんに対し、担当医は慎重に言葉を選びながら、諭します。

「新井さん。以前、治りきっていないときに温泉へ行ったときのことは覚えていますか?」
「ええ、辛かったですよ。もう2度と経験したくありませんね」
「辛かったですよね。私も経験してもらいたくありません。今、いきなり会社に行くと、また同じようになってしまうかもしれません」
「えっ、休んだからもう大丈夫じゃないんですか?」
「ここからが難しいんですよ。調子が良くなって動けるようになったとき、慎重に動き始めないと、また症状が悪くなることがあります」
「逆戻りするかもしれないんですか?」

 心配そうな新井さんと妻に対し、担当医は今後のリハビリの進め方を指示します。

「いや、心配ありません。これからも指導を守って一緒にやってゆけば、多くの場合大丈夫です。まずは、家の周りを10分から15分程度散歩してみてください。それで、疲れがでたり、気分が悪くなったりしなければ大丈夫です」
「15分だけですか?これじゃあ、動かないのと同じです」
「少なすぎると感じるかもしれませんが、まずは慎重に始めましょう。1週間続けて出来たら、もう少し行動範囲を拡げることにします」
「分かりました。でも、診断書で休める期間があと1カ月しかありません」
「そうですね。当初の予定より、少し長くかかるかもしれません。でも、これが復帰の一番早い方法なんです。ここで復帰を急いで、調子が悪くなったら今までの苦労が水の泡です。休職の診断書は延長できますから、ここはじっくりやりましょう」

回復すると周囲の状況が見えてくる

 横で話を聞いていた妻も、「そうですね。前回のことがありますから、今回は慎重にしたいと思います」と医師の意見に賛成です。

 クリニックからの帰路、新井さんは不安げに妻へ語りかけます。

「3カ月の休職をもらって、あと1カ月しかない。でも、まだ家の周りの散歩だなんて・・・。いったい俺はどうなってしまうんだ」
「先生はこれが一番早い復帰の方法と言ってたから、従うしかないと思うわ。前回、先生の指示に従わなかったからちょっと逆戻りもしたし・・・。とにかく先生の指示に従って、あしたから15分の散歩を始めましょう。私も一緒に行きますね」
「ありがとね。助かるよ」