桐生 純子
Feel Communication 代表取締役

 仕事柄、人が成長する第2の環境である学校関係(第1環境は家庭です)で、子どもの真の自立を促すために「親がいかにかかわることが効果的か」という内容の講演をさせていただくことが結構あります。ところが、そうしたお話をさせて頂く中で、この数カ月だけでも、幼児虐待で幼い子供が命を奪われる悲惨な事件が立て続けに表面化され、なにかできないものかと歯がゆさばかりがつのります。いったい「育成の現場」で何が起こっているのでしょうか。

 このような「育てる」「育つ」はずの「関係作り」がおかしくなっていることに関して言えば、企業の組織内の人間関係問題においても、根源は似ているように思います。

 企業研修の講演で「子育て」の話をすると、ポカンとしていたり、つまらなそうにしている男性の方が結構多くいらっしゃいます。「あ~この人は、家庭の子育てには無関心だったのだなぁ」「思い通りにならない生き物(我が子)と向き合わずにきたのかもしれないなぁ」と思います。それも、あまり年代に関係ないように感じます。おそらく、ご自分では気がついておられないかもしれませんが、その人自身の「人とのかかわり方」のベースなのかもしれませんね。

職場の個室化

 せっかくなので、もう少し「人として育つ環境」の話をすることにしましょう。

 昔は、大人たちからしたら「子どもは賑やかなもの」という生き物でいろいろな考え方や方針が入り交じるなかで、「あ~でもない、こ~でもない」と、よってたかって子供たちを育てていました。子どもたちは子どもたちで、複数のかかわりがある中で育てられていたように思います。ところが今ではそれはとんでもなくNGなようです。

 そのような子は、「手がかかる子」「おとなしくできない子」という表現に自動的に変換され「扱いずらい子」と言われ避けられます。コントロールすることに時間とエネルギーを使うのを嫌い、極力、考え方の違う家庭とはかかわりを少なくしたり、なるべく手をかけない方向へ進んでいるように感じているといったら言い過ぎでしょうか。そのおかげで…と言ったらおかしな表現ですが、良くも悪くも子どもたちは順応性がありますから、いつしか「競争しない良い子たち」が大人が望む通りに増えたのです。「最近の子どもたち」が勝手に変わったんじゃありません。そこを、きちんと捉えなおす必要があるのだと思っています。