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トップページ医療コラム矢部武の「孤立死」から「自立死」へイスラエルの老人ホームで医療大麻を処方

矢部武の「孤立死」から「自立死」へ Vol.53

イスラエルの老人ホームで医療大麻を処方

2015.03.26 ジャーナリスト 矢部 武

世界的に高齢化が進み、高齢者の医療費増大が大きな課題になる中で、高齢者の病気の治療に役立つとされる医療大麻が大きな注目を集めている。米国のCNNテレビは2014年4月、医療大麻のドキュメンタリー番組を放送し、その中でイスラエルの老人ホームを取り上げた。入居者の多くが病気の治療に大麻を使用しているというのだ。今回私はスカイプを使い、その老人ホームの人たちに直接話を聞いてみることにした。


体の痛みや手足の震えが治まる

イスラエルのテルアビブ郊外にあるハダリン老人ホームで、入居者が医療大麻を使い始めたのは2009年のことだ。きっかけは当時の看護部長が医療大麻の効能に詳しかったからだという。最初は1人から始まり、5人、10人と増え、現在は15~20人くらいが使用している。

モシェ・ロスさん(82歳)は2008年に脳卒中で倒れ、その後遺症で体の痛みや手足の震えに苦しめられるようになった。コーヒーカップも持てなくなり落ち込んだが、最も堪えたのはパソコンを使って執筆することができなくなってしまったことだ。

彼はイスラエルでは有名な作家で、ホロコーストなどをテーマにした本を5冊出している。子どもの頃フランスに住み、ナチスの迫害から逃れるために農家の家畜小屋に隠れて暮らしたが、その体験をまとめた本『アイ・アム・チキン』は大きな反響を呼んだという。

そんなロスさんにとって執筆できなくなるということは、人生の目的を奪われるのに等しい。そこで看護師に相談し、医療大麻を試してみることにした。長年パイプ喫煙をしてきたが、大麻は一度も吸ったことはなかった。少量の乾燥大麻をパイプに詰めて吸ってみると、効果はすぐに現れた。体の痛みや震えが治まり、翌日に手でカップを持てるようになった。そして3日後にはパソコンを操作し、執筆活動を再開することができた。

スカイプを通して筆者の取材に応じるモシェ・ロスさん(左側)、右隣は看護師

もう1つ、予期せぬ効果があった。以前からホロコーストの悲惨な体験による心理的トラウマに苦しめられ、悪夢にうなされて眠れないことが多かった。しかし、大麻を吸うと悪夢をみなくなり、ぐっすり眠れるようになったという。

体の痛みと心的外傷から解放されたロスさんは、以前から服用していたオピオイド系(麻薬性)鎮痛薬や抗不安薬を大幅に減らすことができた。高齢者における処方薬の大量摂取による副作用が深刻な問題になっていることを考えれば、それは非常に望ましいことだ。

入居者の半数近くが医療大麻を使用しているというハダリン老人ホーム

治療のために大麻を使用する高齢者

ハダリン老人ホームではこの5年間に医療大麻を使用した入居者(計約50人)の病気や治療効果などについてのデータを集め、大学の研究者らと共同で分析調査を行った。その結果、医療大麻は高齢者に起こりやすい体の痛みや痙攣、不眠、食欲不振などを改善し、処方薬の使用量を減らすのに役立つことがわかった。

また、アルツハイマー病など認知症の患者にも良い効果をもたらすという。認知症の人はよく興奮して大声を出したり、暴れたりするが、大麻を使用すると精神的にリラックスして問題行動が減ってくる。その結果、ヘルパーや看護師が認知症の人の世話をしやすくなるというのだ。さらにパーキンソン病の人は大麻を使用すると、体の震えや動作緩慢、小刻み歩行などの症状が緩和される。体の筋肉が柔らかくなり、動作がしやすくなるのだそうだ。

イスラエルでは嗜好用の大麻は違法だが、医療用は政府の承認を得た患者と生産・販売業者に限り、認められている。政府の承認を得た患者は2009年に400人だったが、2013年には1万1000人に増えた。その背景には政府が医療大麻ビジネスをきちんと管理し、積極的に推進していることがあるようだ。イスラエル保健省は特定の病気・症状を持つ患者に対し、医療大麻の使用を認めるガイドラインを作成している。

実は、イスラエルは医療大麻の研究調査では世界的なパイオニアとして知られている。1960年代にヘブライ大学のラファエル・メコーラム教授(医療化学博士)が、大麻に含まれる60種類以上の成分の中から精神活性作用のあるTHC(テトラヒドロカンナビノール)を初めて抽出した。続いて同大学のルース・ガリリー名誉教授(免疫学博士)が、大麻のもう1つの主成分のCBD(カンナビジオール)に抗炎症性や抗不安作用があることを発見したのである。

今日イスラエルで使用されている医療大麻の多くはTHCの含有率が低く、CBDの含有率が高いものだ。患者は精神的にハイになるためではなく、病気を治療するために使用しているからである。

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コラムニストプロフィール

矢部武 ジャーナリスト

1954年、埼玉県生まれ。米アームストロング大学大学院修士課程修了。1974年に渡米。「ロサンゼルスタイムス」紙 東京支局記者などを経て、フリーランスに。現在は、日米を行き来しながら、高齢者、雇用、健康、社会問題などをテーマに、取材・執筆活動を続けている。著書に『60歳からの生き方再設計』、『ひとりで死んでも孤独じゃない~「自立死」先進国アメリカ』、『携帯電磁波の人体影響』、『日本より幸せなアメリカの下流老人』など多数。