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トップページ医療コラム矢部武の「孤立死」から「自立死」へある高齢視覚障害者の挑戦 ~視力を失っても仕事と人生をあきらめない~

矢部武の「孤立死」から「自立死」へ Vol.51

ある高齢視覚障害者の挑戦 ~視力を失っても仕事と人生をあきらめない~

2015.02.12 ジャーナリスト 矢部 武



年をとることや、突然の病気・事故などで障害を持つことは自分の意志ではどうすることもできない。この点において高齢者と障害者は似ているかもしれない。しかし、高齢者や障害者になっても人間としての中身が変わるわけではないので、それだけの理由で仕事や人生をあきらめる必要はない。

ケイト・ウィリアムスさん(72歳)は40代半ばを過ぎた頃、突然視力を失い始め、長く勤めた会社を辞めざるを得なくなった。その時は絶望したが、そこから彼女の新たな挑戦が始まった。視覚障害者向けのパソコン操作技術を学び、それまで培った仕事の経験を活かし、視覚障害者向けの就職支援を始めたのである。

白い杖が自分の目や手足の代わりになるというケイト・ウィリアムスさん

50歳を過ぎて視力を失う

今から約25年前、当時40代後半だったウィリアムスさんはロサンゼルス郊外に住み、車で職場に通っていた。大手薬品会社の人材開発部で採用・人事考課などの仕事を担当していた。しかし、その頃から少しずつ視力を失い始め、数年後に車を運転することができなくなった。ロサンゼルスは公共交通機関があまり整っていないため、車なしでは会社へ行くことができなかった。

ウィリアムスさんは絶望した。「この年齢で再就職は難しいだろう。目が見えなくなったら、他人の助けを借りないと自立した生活もできなくなるかもしれない。私のキャリアも人生もこれで終わった…」と思うと、涙が止まらなかった。

しかし、思いっきり泣くとすっきりして、少し冷静に考えられるようになった。車の運転はできなくても完全に視力を失ったわけではないので、バスや電車を使えば自立して生活できるかもしれない。そう考え、公共交通機関が比較的整備されているサンフランシスコへ移ることを決めた。

彼女にとっては大きな決断だった。友人も3人の娘も両親も兄弟姉妹も親戚も皆、ロサンゼルスに住んでいた。その人たちと離れて、仕事で何度か訪れただけのサンフランシスコへ1人で移らなければならなかったからだ。

幸いだったのは前職の同僚がサンフランシスコに住んでいて、アパート探しなどを手伝ってくれたことだ。ウィリアムスさんはアパートを見つけると、すぐに仕事探しを始めた。その頃はまだパソコンの文字を読むことができたので、人材開発分野の経験を活かせる職場に再就職できた。「キャリア・コンソーシアム・インク」(以下、CCI)という重役斡旋会社で、クライアント企業が求める資格・条件に合った重役を見つけて紹介するのが主な仕事だ。

視覚障害者用のパソコン操作技術

ウィリアムスさんは1997年から2009年までCCIで働いたが、2004年頃に新たな試練に襲われた。視力喪失が一層進み、パソコン画面の文字や応募者の履歴書などが読めなくなってしまったのだ。

それでは仕事ができないので、彼女はカリフォルニア州の障害者保護局(DOR)に電話し、相談した。DORではすぐに担当者を彼女の職場に送り、調査した。その結果、「アダプティブ・テクノロジー(AT)を使えば仕事を続けることができる」ということになった。ATとは視覚障害者のパソコン操作を支援する技術のことだ。

ATを使えばモニター画面を見ずに、音声ガイドの説明を聞くだけでキーボードを操作できる。特定のキーを押せばリンク先につながり、どんなリンクかを説明してくれる。おかげでグーグル検索から文書の作成まで何でもできるようになった。例えば、女性の衣服を買いたい時はリンク先をクリックすれば個々の特徴を説明してくれるので、写真を見ずに気に入った商品を選ぶことができる。

ウィリアムスさんは、「それまで知りませんでしたが、すごい技術です。これを使えば健常者がパソコンでできることは何でもできます」と嬉しそうに話す。

彼女はまた、地域の視覚障害者支援センターで杖を使って歩く動作トレーニングを受けた。杖で地面を確かめながら歩けばカーブや段差があっても対応でき、白い杖が自分の手足の代わりになることを学んだ。その当時は明るさと暗さの区別ができる程度で、物の形はぼんやりとしか認識できなくなっていた。人間の形くらいはわかるが、顔の形や髪の色などはわからない。だから人と会った時は、相手の顔ではなく声の違いで誰かを見分けるようにしたという。

視力を失ったことで得たものがあるとすれば、人の外見よりも内面を重視するようになったことだ。以前は人に会った時、どんなスーツやドレスを着て、アクセサリーを身につけているかなどをよく見ていたが、そういうことをしなくなった。その結果、外見に惑わされることなく、人の内面や本質がよく見えるようになったという。

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コラムニストプロフィール

矢部武 ジャーナリスト

1954年、埼玉県生まれ。米アームストロング大学大学院修士課程修了。1974年に渡米。「ロサンゼルスタイムス」紙 東京支局記者などを経て、フリーランスに。現在は、日米を行き来しながら、高齢者、雇用、健康、社会問題などをテーマに、取材・執筆活動を続けている。著書に『60歳からの生き方再設計』、『ひとりで死んでも孤独じゃない~「自立死」先進国アメリカ』、『携帯電磁波の人体影響』など多数。