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トップページ医療コラム矢部武の「孤立死」から「自立死」へ定年制のない米国の高齢者の働き方
マルシェ・P・キャットスーペス博士に聞く

矢部武の「孤独死」から「自立死」へ Vol.31

定年制のない米国の高齢者の働き方
マルシェ・P・キャットスーペス博士に聞く

2013.11.19 マルシェ・P・キャットスーペス博士

2013年4月、希望する社員の再雇用を65歳まで義務づける改正高年齢者雇用安定法が施行された。しかし、これは年金支給開始年齢の引き上げによる定年後の空白期間に対応しようとしただけで、高年齢労働力をいかに活用するかの重要な視点が欠けているように思える。このような小手先の対策ではなく、定年制廃止などを含めた根本的な議論が求められるところだ。

一方、定年制のない米国では高年齢労働者は自分の能力、気力、体力が続く限り、ずっと働き続けることができる。ボストン大学・スローン高齢者就労研究センター所長のマルシェ・P・キャットスーペス博士に定年制の問題点、高齢労働力の活用法、超高齢社会における柔軟な働き方などについて聞いた。

矢部 日本は世界で1、2を争う長寿国ですが、定年制があるために退職年齢は低く、退職後何をしたらいいかわからないという人もいます。そのような状況の中で、企業に退職者の再雇用を義務づける法律が施行されましたが、契約は1年単位のため責任ある仕事ができなかったり、給料が大幅に減ったりと評判はあまり良くありません。米国では雇用者側が従業員の年齢だけを理由に退職を迫るのは年齢差別禁止法違反にあたるため、定年制はないと聞きましたが。

キャットスーペス博士 その通りです。雇用における年齢差別禁止法(ADEA)が制定された1960年代に定年制は廃止されました。従って、高齢社員はきちんと仕事をしている限り、ずっと働き続けることができます。

ただ、体力面の衰えが仕事のパフォーマンスに影響し、結果的に公共の安全などが脅かされる恐れのある仕事・職業については、例外的に定年制が認められています。例えば、航空管制官・パイロット、医者、警察官、消防隊員、軍隊(軍人)などです。

矢部 他の先進国では定年制はどうなっているのでしょうか。

キャットスーペス博士 欧州でもほとんどの国で定年制は廃止されています。最近は高齢者を社会の被扶養者とするより、できるだけ長く働いて経済的に自立してもらった方が国のためにも良いという議論が盛んで、公共政策の担当者は雇用者に対し、働きたい高齢者にできるだけ就労機会を提供するよう奨励しています。

定年制の問題点は、全ての高齢者を同じように画一的に見てしまうことです。高齢者の中には年金や貯えが不十分で働かなければならない人、豊かな経験や能力を役立てたいと思っている人、仕事を通して新たな生きがいを見つけたい人など、さまざまな人たちがいます。彼らの能力、経験などを活用しないのは国や社会にとっても大きな損失です。

矢部 日本では「高齢者の雇用促進は若者の就労機会を奪う」という議論が根強くありますが。

キャットスーペス博士 米国にもそう主張をする人はいます。歴史的にみれば、昔は若年層の雇用機会を増やすために定年制が実施されていたのかもしれません。でも、今は高齢化がどんどん進み、状況が変わりました。

それに、「高齢者の雇用を促進しても若者の就労機会を奪うことにはならない」とする経済学者の分析調査もあります。それによれば、常に全体の仕事の数(就労機会)が同じ状況ならその主張は成り立つかもしれないが、現実にはそれは考えにくいといいます。経済は常に成長することを前提にしており、成長すれば就労機会は増えるからです。

また、多くの場合、高齢者がやっている仕事と若者がやりたい仕事は同一ではない。そのため高齢者が辞めても、それが若者の仕事につながるとは限らないということです。例えば、高度な技術と知識を持つ高齢技術者の仕事を22歳の若者がすぐに引き継ぐというのは難しいでしょう。

景気後退が長引いて若者がなかなか職に就けない状況が続いているので、人々がそう考えるのは理解できます。でも、住宅不況で住む場所のない若者が大勢いるからといって、高齢者を家から追い出して若者に住まわせようということにはならないでしょう。

矢部 米国では働く意欲のある高齢者は増えているのですか。

キャットスーペス博士 高齢化が進むにつれて、できるだけ長く仕事を続けようという高齢者は増えています。公的年金財政が厳しくなり、支給開始年齢が引き上げられ、受給額も減らされたりしていることも背景にあります。

雇用者もこの状況を認識し、高齢者を積極的に採用・維持する政策を進めているようです。米国には定年制がないので、高年齢労働者は個々の経済状況や生活スタイルなどによってフルタイムで働き続けるか、時間を減らしてパートタイムにするかを選択できます。

矢部 退職後にフルタイム(正社員)からパートタイムに移行した場合の賃金・待遇はどうなりますか。

キャットスーペス博士 週20時間以上のパートタイム労働者には公正基準労働法(FSLA)が適用されるので、健康保険や年金積立などの社会保障は受けられます。また、パートタイムに移行しても仕事内容・責任がフルタイムの時とほとんど同じであれば、基本的に同等の賃金水準は維持されます。労働時間が週40時間から20時間に減った人の年収はほぼ半分に減りますが、時給に換算した賃金はほとんど変わりません。米国の雇用者には、同じ仕事ならフルタイムでもパートタイムでも同等の賃金を支払うべきだという考え方が浸透しているのです。

矢部 米国の雇用者は高齢者を雇用するメリット、デメリットについてどう考えているのですか。

キャットスーペス博士 ほとんどの雇用者は高年齢労働者の活用についてはポジティブか中立的に考えていて、ネガティブに考えている人は少ないと思います。特に顧客サービス業などは、長年かけて顧客との信頼関係を築いてきた高齢社員をずっと維持した方が会社の利益になることを認識しているでしょう。

一方で、高齢社員は病気やケガをしやすいという誤った認識によって医療費の増大を心配し、高齢者雇用に積極的になれない雇用者もあります。病気やケガは高齢者に限らず、どの年齢層にも同じように起こることが多くの調査で示されているにもかかわらずです。

矢部 以前80代、90代の高齢者を積極的に雇用しながら、高成長を続けている精密部品メーカーのヴァイタニードル(マサチューセッツ州ニードハム)を取材しましたが、同社では腰痛、関節炎などを抱える高齢社員に配慮した対策を取っていました。高齢社員が安全に働きやすい職場環境を提供する雇用者の責任についてどう考えますか。

キャットスーペス博士 年齢を問わず、全ての社員が安全に気持ち良く働けるようにすることは雇用者の最大限の利益につながるというのが私の考え方です。

米国では1970~80年代にかけて、妊娠した女性社員が働き続けることに賛否両論がありました。でも、妊娠した女性が安全に気持ち良く働けるように対策を講じた企業では社員全体の士気が高まり、生産性が向上したといわれています。つまり、全ての社員が安全で健康的に働ける職場づくりのための“良い投資”をすれば、後で必ず報われるということです。

Marcie Pitt-Catsouphes 氏
■Marcie Pitt-Catsouphes(マルシェ・P・キャットスーペス博士)
ボストン大学社会福祉・キャロル経営大学院准教授。同大学スローン高齢者就労研究センター所長を兼務し、労働と年齢等に関する調査研究に長く取り組む。『2006年全米ビジネス戦略と労働力開発に関する調査研究報告書』、『2007年-2008年年齢と世代に関する調査研究報告書』の共同指導責任者を務める。2005年にはホワイトハウス主催の高齢問題専門家会議に参加した。

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コラムニストプロフィール

矢部武 ジャーナリスト

1954年、埼玉県生まれ。米アームストロング大学大学院修士課程修了。1974年に渡米。「ロサンゼルスタイムス」紙 東京支局記者などを経て、フリーランスに。現在は、日米を行き来しながら、高齢者、雇用、健康、社会問題などをテーマに、取材・執筆活動を続けている。著書に『60歳からの生き方再設計』、『ひとりで死んでも孤独じゃない~「自立死」先進国アメリカ』、『携帯電磁波の人体影響』、『日本より幸せなアメリカの下流老人』など多数。