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梶原しげる:【340】オウム「地下鉄サリン事件」から20年 32人の証言が物語る『サリン それぞれの証』の衝撃(3/6ページ)

2015.03.19

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被害者支援活動を通して整理された膨大な被害者名簿

 証言を集めるうえで力を発揮したのが、被害者支援活動を通して整理された被害者名簿の存在だ。

 センターの事務所には大きなロッカーが設置され、その中には被害者個々人のファイルが、あいうえお順にずらりそろっている。

寺内「毎年検診を受けるたび、受診欄にご自分の肉筆でコメントを書いていただいているんです。こう言う時代ですからそれをExcelかなんかに打ち込んでデータ化するのが合理的なんでしょうが、デジタルでは伝わらない肉筆ならではの情報ってあるんですね。筆圧や字の大きさなどからご本人の身体の状態、こころの状態までもが毎回記録されるんです。サポートする側、というよりも毎年来られるご本人がご自分の変化を把握しやすいと喜んでいただいています」

 証言する32人の中には、このファイルには無い人物も登場する。そのうち2名はサリン被害者ではなく加害者側。死刑囚の母たちだ。

 一人はサリン製造役元医師中川智正死刑囚の母。もう一人はサリンを撒いた早稲田大学理工学部大学院終了、広瀬健一死刑囚の母。

 広瀬の母親の証言はこうだ。

インタビュアー「(広瀬死刑囚は)どんなおこさんでしたか?」

広瀬死刑囚の母「健一は、親にも妹にも優しいいい子でした。高校から大学院と奨学金を取りアルバイトをして親に負担をかけまいとしていました。就職もNECに内定して喜んでいたのです」

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