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猪子寿之 “ウルトラテクノロジスト集団”の仕事術ビジネス

チームラボ・猪子寿之:捨て去られた文化を僕らが拾い上げる理由(1/3ページ)

デジタルを素材に使うことで美が拡張する

2015.02.18

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アートとデジタルの融合を掲げるチームラボ。デジタルでアート作品をつくることで何が起きるのか? 彼らは何を目指すのか? 近代以前の日本美術をモチーフにする理由も明かす。

 僕らチームラボは、デジタルを利用してものづくりをしている会社ですが、その一方でデジタルを使ってアート作品を創り、国内外で発表することを継続的にやっています。
 僕らが一貫して「アートとデジタルの融合」を掲げてきたのは、一言では言い尽くせないほど多くの理由がありますが、一つには、デジタルを素材にすることで、美の概念そのものを拡張することができるのではないかと考えているからです。

 「デジタルで美が拡張する」――、何を言ってるのかと思われるかもしれませんね。
 例えばこれまでアーティストと呼ばれる人たちは、音楽分野も含めて、自分の頭の中にある世界を自分だけで楽しむのではなく、他の人とも共有したい、美しさへの思いをわかってほしいというところで活動していたと思います。

 しかし僕らは物理空間に生きているので、頭の中にしか存在しない空想や思いを他人にわかってもらうには、手間のかかる手順を踏まなくてはなりません。アニメ の『攻殻機動隊』のように、体にスッとデバイスを差し込んで伝達できれば簡単なんですけれど、現実世界にそんな仕組みはありませんからね。
 それで空想を共有するためのインターフェースとして、3次元空間を平面に置き換えてキャンバスに絵具で描いたりして、個人の頭の中にあるものを他の人と共有していたわけです。

 産業革命以降はキャンバスと絵の具のほか、鉄などの金属の大量生産が可能になって素材として使えるようになり、表現も多様化しました。とくに立体では、可変性の少ない石を鉄などの金属に置き換えることで、より自由な表現が行えるようになりました。

 素材が表現に影響を与える以上、時代が変わって新しい素材が現れれば、表現もどんどん変わっていく。僕らはその文脈で言うと、「デジタルという素材」でものを創っているわけです。もちろん素材といっても、デジタルには形も重さもない。だけどそのぶん物質から自由で、自由であるがゆえにさまざまな可能性を持っている。

 展示作品『花と人、コントロールできないけれども共に生きる、そして永久に ‐ Tokyo』で、鑑賞者を作品の一部に組み込んだのも、前回説明した通り、デジタルの可能性を示す一つの例です。

「花と人、コントロールできないけれども共に生きる、そして永久に ‐ Tokyo」 2014年
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