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梶原しげる:【297】『3.11とアイドル』が伝える「ももいろクローバーZ」が震災直後に敢行した「一生忘れられないイベント」の意味(4/7ページ)

2014.05.08

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大震災、原発事故で全く先が見えない状況に

 家に帰りテレビをつけて驚愕した。両親が住む茨城の実家周辺は震度6強! 慌てて電話をするがつながらない。

 さらに不安を募らせたのは福島第一原発のすぐ近くに住む妻の両親のことだった。庭から原発の建屋が見える。海も近い。妻は必死で連絡を取ろうとするがまるでつながらない。

「原発、大丈夫かしら?」

 心配する妻の言葉に、新宿行はさすがにあきらめ、福島の妻の実家に向かおうと車を出したが近所のガソリンスタンドから既にガソリンが消えていた。

 ほどなく義理の両親は、放射能汚染のひどい家を自力で脱出。ほうほうのていで小島さんの埼玉のマンションに辿り着き、以来、避難同居生活が始まった。

 小島さんが前回「中野サンプラザは一生忘れられないなあ」と、さらっと語った一言の後ろには、発災以降次々押し寄せる試練があった。

 小島さんは、原発事故による放射能汚染で家も仕事も失った義理の両親と、故郷を失った妻の喪失感に寄り添う日々だった。同時に深刻な経済的な問題をもかかえることとなった。

 当時の小島さんにとってアイドルは趣味。仕事の中心は、お笑い、パチンコなど娯楽関係が中心だ。ところが「お笑いイベント」は「自粛ムード」のあおりをもろに受ける。パチンコはそれに加え「電力のムダ使い」との非難も受け、仕事が激減。家族が増え、生活費が2倍になったというのに収入は細るばかり。

 小島さんはそれまでのジャンルにこだわらず、あらゆる分野の、取材もの、インタビューものを引き受けた。震災現場のレポート記事も書いた。震災関連書籍の編集にも関わった。日々のやりくりに妻も必死だ。自転車操業の日々。

 義理の両親が帰宅できる見込みは全く立たない。「先が見えない…」。

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