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梶原しげる:【297】『3.11とアイドル』が伝える「ももいろクローバーZ」が震災直後に敢行した「一生忘れられないイベント」の意味(3/7ページ)

2014.05.08

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自粛ムードの中行われたイベント

 イベントが行われたのは2011年4月10日。

 東日本大震災からまだひと月も経っていない。

 世間の自粛ムードが色濃い中、スタッッフもメンバーも悩んだ末の活動再開だった。ファンの皆さん達だって「こんな時期にアイドル?」と厳しい目を向けられる中、粛々と集まって来た。だからこそ、「その瞬間」はより鮮明に多くのファンの記憶に残っていて当然だ。当日その場にいたモノノフはみんな「一生忘れられないイベント」とおっしゃるだろう。しかし小島さんはまた別の事情も抱えていた。小島さん自身が「大震災の被災者」であったのだ。

 3.11。あの日のあの時。小島さんはたまたまパチンコ雑誌の記事を書くため、自宅近所のパチンコ店で取材ノートに筆を走らせ、対象機種をチェックしていた。埼玉にあるその店だって相当ひどく揺れたはずだが、店内を包む大音響BGMと液晶画面のド派手な演出。そこに映る特撮影像データ収集に没頭していた小島さん。目を、機械とノートの間で激しく上下させ、そもそも身体も神経もくたくたのへとへとだったから、あの揺れを揺れと感じなかったそうだ。

 周囲の客もそのまま打ち続けていたから「過労によるめまいかな」ぐらいに思い、しばらくそのまま仕事を続けたという。

 とはいえ、さすがに「?」と思い、仕事を中断し外に出てみて驚いた。

 「道路が波打っている!」

 それでもまだ「大震災」という「実感」はなかった。その夜は、新宿で行われるはずの「ももクロベント」に出かける予定だったから駅に様子を見に行ったら、電車はすべて運行見合わせ。「電車以外で新宿に行くにはどうしたらいいだろう?」と、その時はまだその程度の認識だった。

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