依存の対象となることも必要

 「何かあったら先生が助けに行くから」--。ソチ五輪でフィギュアスケートの佐藤信夫コーチが浅田真央選手を勇気づけた言葉として多くの人の記憶に残ったことだろう。教えを受ける生徒や部下の「依存する気持ち」を受け止めるのが教師、上司、そしてリーダーの要件だと改めて噛み締めた。

 我が恩師、カウンセリング心理学の泰斗、國分康孝博士はしばしば指導者の要件の一つとして「依存の対象となることも必要だ」とおっしゃっていた。

 和気あいあいと親しく交わっているようでもそこには教えるもの教えてもらうものの一線をキッチリしいておく。「いざという時はこの人の言う言葉を信じればいいのだ」という「依存の対象」となることで雑念を一掃することができるというわけだ。

 「上下の分け隔てなく、すべては話し合いで」という「民主主義的な感覚」をたたき込まれた多くの日本人からすると「カルトの教組的発想」と揶揄されそうだが、切羽詰まった時、「依存を引きうけるカリスマ性」が求められることもありそうだ。

 この冬、関東甲信越は観測史上にないほどの大雪の被害を受けた。特に山梨はそこここの集落が雪に閉ざされ孤立した。予測を遥かに上回る豪雪、交通遮断のため、メディアも近づけないから報道さえされないケースが多かった。その一つが富士五湖の一つ精進湖のホテルに大学生など80人以上が5日間ホテルに缶詰状態になったケースだ。

 20歳前後の男女若者集団が大きな混乱もなく6日後に生還できた裏には、2人のリーダーの存在があった。彼らこそ若者達の「依存の対象」となって若者達の安全を確保したような気がした。