政治と経済が密接に結びついている中国。日本企業も数多く進出している大連市と重慶市のトップを務めた薄熙来(ボーシーライ、はくきらい)氏が3月15日、重慶市共産党委員会書記を解任された。「重慶の変」とも言われるこの事件で、中国の政治リスクが再認識され、外資系企業の間でも動揺が広がっている。
報道は党内の権力闘争から薄氏の政治手法批判へ
事の発端は2月2日、薄氏が腹心の王立軍・重慶市公安局長を解任した一件にある。王氏は6日に米総領事館へ駆け込むが、翌日には身柄を拘束される。この時点では、王氏が薄氏に絡む何らかの情報をつかみ、それを知った薄氏が王氏を解任、王氏は身の危険を感じて米総領事館へ逃げ込んだのではないか、と見られていた。
その後、3月初旬に始まった全国人民代表大会に薄氏は出席したが、全人代の閉幕式後の記者会見で温家宝首相が薄氏を批判。翌15日に薄氏は重慶市の書記を解任された。そして4月10日には中国共産党中央政治局員などの全職務を停止させられた。
当初メディアで報道されたのは、党内で勢力を二分する「太子党」(党老幹部の子弟らが組織)と党青年組織である共産主義青年団(共青団)出身者との権力闘争だった。今秋に第18回中国共産党大会が開かれ、党総書記をはじめ9人で構成する最高指導部(中央政治局常務委員)の一部メンバーが交代する予定で、薄氏の最高指導部入りが有力視されていたからだ。
薄氏は重慶市で組織犯罪を一掃する「打黒」運動を指揮するほか、外資系企業の誘致を積極的に行って経済成長を実現した。その一方で、革命歌を歌おうと呼びかけた「唱紅歌」運動が指導部入りするためのパフォーマンスと受け止められたり、政敵には冤罪をかけてでも追放するといった強引な手法が批判された。
このため薄熙来事件は次第に、権力闘争によるものではなく、薄氏個人の問題だとする流れができあがる。薄氏の手法はポピュリズム(大衆迎合)で危険なものであり、自己顕示欲が強い人間は集団指導体制を敷く最高指導部には望ましくないと判断されたようだ、といった報道が繰り返された。






