東日本大震災「現場」で見聞した「精神的現実」
先週、被災地を訪れた際、仙台で長く医療に携わる精神科医の友人に会う機会があった。
津波の被害を受けた地域には、がれきが1か所に積み上げられた「更地」のような状態のまま、その後の再建が滞っているところも多い。
家族や職を失い、仮設住宅などで不自由な暮らしを強いられながら、以前とは似ても似つかぬ姿のふるさとを眺め続ける。――そんな被災者に対し、「さあ、もう震災から1年経つのですから、前を向いて歩き出しましょう!」とは、とても言えない。第一、そんな人たちに対して「効果抜群」の心のケアなど、あるわけもない。
私自身、荒涼とした風景を見つめながら、専門家としての限界や無力さを感じるばかりだった。
気心の知れた友人との仙台での食事の席で、ついこぼしてしまった。
「先生、精神科医のできることって何だろう、と考えちゃうんだよね。なんと言うかな、”心のケア”なんて余計なことを考えず、せめて自然な回復力が発揮される邪魔をしないようにする。それが私たちのできることじゃないかな。」
被災地の人たちと日々直に接している彼は、「もちろんそうなんじゃないの?」と表情も変えずに言った。私は自分の思いに確信を得て、さらに言葉を続けた。
「これは言い過ぎかもしれないけど、精神科に限らず、医療ってそういうものじゃないかな。人は放っておけば、ちゃんと生きて、ちゃんと死んでいく。最近の医療って、それを邪魔しているだけかもしれないね。
ほら私、1年ちょっと前に父親を失ったでしょう。そのときどう考えてもすでに終末期なのに、高カロリーの点滴を受けたり薬で血圧を上げ下げするのを見て、思わず『もうけっこうです』って言っちゃたんだよね。“退院させます”と申し出て、機械や管をすべて外してもらって、意識のない父を家に連れて帰ってきちゃった。
父はその後、半日ほどで命を終えたんだけど、その表情は病院のベッドとはまったく違ってどこか満足げだったし、私たち家族も“これで良かったんだよね”といまだに言い続けてる。
なんというかこの頃、医療のできること、すべきことって『生きる邪魔をしない、死ぬ邪魔をしない』ということなんじゃないかな、って気もするな」
食事中に仲間とする個人的雑談だから多少言い過ぎの感もあるが、私としては大発見のようなつもりで口にした。しかし友人の反応は違っていた。
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