トップ > こうして逆境を越えた > 山口絵理子:バングラデシュで「裸でも生きる」のを見てから、自分が本当にやりたいことをやっていこうと決めた!

こうして逆境を越えたビジネス

山口絵理子:バングラデシュで「裸でも生きる」のを見てから、自分が本当にやりたいことをやっていこうと決めた!(1/5ページ)

マザーハウス社長・山口絵理子にブレない気持ちの原点を聞く(後編)

2011.02.04

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

(前編はこちら

 22歳で初めてバングラデシュを訪れ「途上国から世界に通用するブランドをつくる」という理念を抱き、24歳で「マザーハウス」を設立した山口絵理子氏に話を聞く。今回はその「後編」。
 揺るがない理念の下、小売り不況の中でマザーハウスは着々と成果を積み上げてきた。売り上げは右肩上がりで直営店は6店舗になり、通販生活やソニースタイルといった企業とのコラボや講演会も人気。国内の注目度は高いが、現地ではどうなのだろうか。

(聞き手=波多野絵理、写真=中島 正之)


まねされてナンボ

――バングラデシュの、ほかの企業や周囲の反応はいかがですか。同じような製品を作りたいと思う人たちも出てきそうですが……。

山口 やっぱり、すごくまねしますね。なにしろ、ジュートはとても人気のある繊維になったんですよ。価格が高騰するぐらいで、今では多くの工場でジュートバックを作るようになりました。でも、そんなに簡単な繊維ではないので、どこまでできるのかなと思っているんですけど。あとやはり、日本向けの製品にトライする工場も出てきました。日本の企業も参入してきました。途上国には“まねする力”が強力にあるので、さまざまな面で波及していると思います。

山口絵理子(やまぐち・えりこ)
2006年に株式会社マザーハウスを設立し、現在、株式会社マザーハウス代表取締役兼デザイナー。著書に『裸でも生きる――25歳女性起業家の号泣戦記』『裸でも生きる2 Keep Walking私は歩き続ける』(ともに講談社)。マザーハウスHP( http://www.mother-house.jp/

――理念や工場の環境、チャレンジ精神をまねされるのは歓迎ですが、製品のコピーとなると、これは痛しかゆしですね。

山口 でも、小売りとかファッション業界というのは、そうされてナンボという部分もありますよね。こちらは毎回、新しい製品を打ち出していくつもりなので、大丈夫かなと。

――そういう意味では、シリーズやラインを変えたり、別の途上国としてネパールの織物を使われたり。そうしたフィールドを広げることも、理念を考えると高い比重を持つわけですね。

山口 2010年末には台湾での販売も開始しました。販売も生産も、もっとグローバルでなければいけないと考えています。起業当初から「世界に通用するブランドをつくる」と考えていましたから、台湾の次は韓国、そして最終的にはヨーロッパやアメリカでも展開したいと思っています。社会性とファッションは両立するという証明を、ブランドとしてやっていきたいので、お客様の選択肢を広げるためにも、次はまた新たな生産地を展開しようと考えています。今はそうした世界展開の準備段階。まずは日本で10店舗の直営店を設け、ベースを固めるところでもがいているんです。

――理念を実現するために高く積み上げている途中ということですね。理念自体をまねするような動きも出てきていますか?

山口 たくさんありますよ。まず、バングラデシュには日本人が増えました。私が通った大学院は、私が初めての外国人学生だったのですが、日本人の留学生が増えたそうです。途上国で良いものを作りたいという若い人たちもたくさんいて、ときどきそうした人たちが私たちのマトリゴール(現地語でマザーハウス)工場を訪れてくれます。そういう交流も増えているんですよね。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • ログイン
  • マイフォローとは?
nikkei BPnet 会員サービス
トピックを選ぶ!フォローする 自分のメディアを組み立てる! マイフォロー

ランキング一覧を見る

おすすめ情報【PR】

締切間近のセミナー