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こうして逆境を越えたビジネス

マザーハウス社長・山口絵理子にブレない気持ちの原点を聞く (前編)(1/7ページ)

2011.01.28

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 そのブランドは「マザーハウス」。設立したのは、1981年生まれの山口絵理子氏だ。22歳で初めてバングラデシュを訪れ「途上国から世界に通用するブランドをつくる」という理念を抱き、24歳で起業して5年。バングラデシュで製造したジュート(麻の一種)のバッグが、ヨーロッパや日本の一流ブランドと肩を並べ、百貨店でも販売されるまでになった。
 とはいえ、普通の起業ですら難しい昨今。途上国での製品製造は至難の技だった。彼女の壮絶な来歴は、2008年放送のドキュメンタリー番組「情熱大陸」や2冊の著書『裸でも生きる』『裸でも生きる2』で知っている人も多いと思うが、無鉄砲に思えるほどスリリング。孤軍奮闘する過程は、まさに逆境に自らダイブしているような印象すら受ける。しかしそれでも「途上国から世界に通用するブランドをつくる」という理念はブレない。
 なぜ、そこまでして作るのか。そして、そのエネルギーはどこから来るのか。パッと見、シンプルでかわいい、その実、素材は素朴にして頑丈なマザーハウスのバッグそのもののような山口氏に聞く。


山口絵理子(やまぐち・えりこ)
1981年埼玉県生まれ。小学校時代は、何をされても泣かない子としていじめに遭い、不登校。中学時代は非行に走り、柔道に出合って更生。埼玉県立大宮工業高等学校では「男子柔道部」に唯一の女子部員として所属し、全日本ジュニアオリンピック7位。慶応義塾大学総合政策学部に入学。大学4年時、ワシントンの米州開発銀行でインターン経験。政府の開発支援に違和感を抱き、バングラデシュへ。バングラデシュBRAC大学院開発学部修士課程に入学。在学中、三井物産ダッカ事務所でインターンを経験。ジュートと出合う。
2006年に株式会社マザーハウスを設立し、現在、株式会社マザーハウス代表取締役兼デザイナー。サイクロンの被災地支援などの活動も行っている。「フジサンケイ女性起業家支援プロジェクト2006」最優秀賞受賞。「Young Global Leaders 2008」選出。著書に『裸でも生きる――25歳女性起業家の号泣戦記』『裸でも生きる2 Keep Walking私は歩き続ける』(ともに講談社)。マザーハウスHP(http://www.mother-house.jp/

(聞き手=波多野絵理、写真=中島 正之)

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