前回は「会社批判」に対する率直なコメントをたくさんいただきました。ありがとうございます。今回は、前回の記事に対して率直な意見をくださった読者のコメントをもとに考えたいと思います。
おっしゃりたいことは理解します。経営者の方が強く、従業員の方が弱いのは、大企業/中小企業関係なく一緒です。ただ、「批判こそ会社をよくしていく起爆剤」というのは、机上の理論的な見解としか思えません。
会社批判をする人がいると、その話を聞いている周囲の人は「やる気」をなくし、段々と企業は弱っていくのが実際のところです。そういう人を「人罪」というのです(人財の逆に位置付く人です)。
あなたが、本気で言っているのであれば、考え方を直すべきです。あなたの記事を真に受けて批判を.する人が出てきて、企業が弱くなって倒産に至ったら、どう責任を取るのでしょうか?本当に企業で働いていたのか?疑問が残る一言です!(2010年09月02日・前田慶次郎利益)
まずこのコメントを読んだ時、私が書いたことを少し誤読しているように思いました。私は「あらゆることを無差別に批判しろ」とは呼びかけてはいません。「こういった良識ある働き手の心を踏みにじる会社や経営者は、大いに批判を受けるべきです」と記述したように、私は批判の対象を絞っています。
例えば、「こういった行為」の一例として、大手メーカーの人事評価のことを書きました。それはフェアな評価をしようとする試みです。このような良識ある行為をつぶしにかかる会社や上層部におもねる必要があるのでしょうか。
私はこの連載で上司を中心としたインフラ(良好な関係)を作り、業績を上げて昇進・昇格していくことを説いてきました。従って、20〜30代で将来性がある人を念頭に記事を書いています。40代〜50代で非管理職、つまり、余剰人員の人は率直なところ、インフラを作る意味がないように思えます。
ただし、不当な行為に対しては、世代など関係なしに、状況いかんでは闘うことを提言し、その闘い方を書いてきました。
これらの文脈と同じで、前回も良識ある働き手の心を踏みにじる会社や経営者はやはり、批判の対象にしていくべきと書きました。むしろ、そのようなところとは縁を切ることができるならば切った方がいいとも思います。
以上が第一印象ですが、その後、私は違う読み方もしました。それは、これから紹介する2人の専門家の話の中にも出てきます。理屈のうえでは批判をする人の言い分は分かるが、「批判をできない弱い自分」を直視することができないという側面もあるのではないか。だから、「批判をすべき」という私のスタンスに少し感情的になるのではないか。そして、その弱さをカモフラージュするために、批判をする人に「人罪」としてレッテルを貼り、自分を正当化させようという意識が働いているのではないか…。
今回の取材はそのあたりも含め、2人の専門家に話を聞いてみました。






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