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猪瀬直樹の「眼からウロコ」


模擬内閣をつくり自分たちで考えてみよう

文句ばかり言わずに、有権者は緻密な議論をすべきだ

2010年07月13日  RSS 

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 参院選が終わった。民主党が敗北し、また政局だと騒ぎ立てるメディアの論調に僕はしらけている。いま必要なのは、政治家まかせにするのではなく、有権者ひとりひとりが自分の持ち場で考えてみることだ。とくに若い人には、模擬内閣を提案したい。

模擬内閣は4年後の敗戦を正確に予測していた

 日米開戦前夜の昭和16年(1941年)夏、当時の若手エリートが模擬内閣を組閣してシミュレーションを行った。「最良にして最も聡明な逸材(ベスト・アンド・ブライテスト)」による分析結果は「日本必敗」。4年後の敗戦を正確に予測していた。

 模擬内閣の“閣僚”は、総力戦研究所研究生として全国各地から緊急招集された。将来、それぞれの組織でトップに立つと期待される人材が、役所や民間から集められた。平均年齢33歳の“内閣”だ。

 “内閣総理大臣”の窪田角一は産業組合中金(現在の農林中金)出身。“外務大臣”や“大蔵大臣”、“内務大臣”などには、それぞれ外務省、大蔵省、内務省出身の若手官僚が充てられた。マスコミからも選抜され、同盟通信(共同通信、時事通信の前身)記者の秋葉武雄は“情報局総裁”となった。

 “日本銀行総裁”の佐々木直は、昭和29年に47歳の若さで日銀理事に就任し、昭和44年から5年間日銀総裁を務めた。佐々木は、日銀総裁を“2度”経験したことになる。

 模擬内閣の“閣僚”は、意見を言うだけではなく、自分の元いた職場で資料を集め、ファクツ・ファインディング(facts finding)の姿勢でシミュレーションを行った。昭和16年8月27日、“窪田角一内閣”は、現実の内閣である第3次近衛文麿内閣の面前で、研究成果を発表した。その内容は、次のようなものだった。

 12月中旬、アメリカへの奇襲作戦を敢行し、成功して緒戦の勝利は見込まれる。しかし、物量において劣勢な日本の勝機はない。戦争は長期戦になり、終局にいたってソ連参戦を迎え、日本は必敗する。だから、日米開戦はなんとしてでも避けなければならない。

 日米開戦から3〜4年で日本は敗北する、模擬内閣は近未来に起きる出来事の結論を事前に導き出していたのである。

Next:主観的な争いに対して客観的な数字が大切なのだ...

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