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芦田宏直の「ストック情報武装化論」ビジネス

情報武装化論:第4回 Twitterとは何か(2)(1/8ページ)

サーバーコミュニケーションの心理主義と「異端の時代」

2010.07.07

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「異端の時代」としての近代

 Peter L . バーガーは、科学技術による自由の増大を近代性の進展と捉え、それは同時に「選択性の増大」を意味すると言っていた(『異端の時代』新曜社)。

 「近代意識とは宿命から選択への移行を伴っている…近代人は、前近代人なら無反省に自然に行動できる場面で、立ち止まって考えねばならない…選択が増えれば反省も増す。反省する人間は、否応なくいっそう自分を意識するようになる」

 バーガーはそう言うことによって、近代化は宗教性を廃棄するのではなく、反省性=内面性の増大の帰結としての宗教性をむしろ強化すると言いたいのだ。

 そもそも「異端」を意味する英語heresyはギリシャ語のhaireinに由来するが、haireinの元々の意味は「選択する」という意味。近代人はもとから「異端」であるわけだ。そういう仕方で正統派(宗教的な内面)を反対強化するのである。バーガーによればフォイエルバッハの唯物論までもが「異端」にすぎない。

 バーガーのこの本の英語版初版は1979年。その後、携帯電話やメールなどの24時間のグローバルコミュニケーションツールを得た近代人は、はるかに「異端」的になって、内面強化の神経症に陥っている。

多チャンネル時代も男女関係も「異端の時代」

 バーガーの関心は一貫して宗教的な関心にあるが、私はこの問題を別の文脈で考えたい。

 「選択性の増大」というのは、自己(内面)が肥大化するということと同じことを意味している。自己が肥大するというのは、どういうことか?

 たとえば、多チャンネルでインタラクティブなTV時代(CS放送やBSデジタル放送など)を迎えたということは、まさにチャンネルの選択性が増大したということだ。

 しかし多チャンネル時代というのは、たくさんの番組が見られるということではない。多チャンネルということによって、選択する主体の可能性が広く広がったような気にさせるが実態はそうではない。

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