「なぜ人は私と同じように感じてくれないのか」 それは当たり前だから、面白いと表現する
芥川賞作家・津村記久子さんインタビュー(後編)
(聞き手=寺西 芝、森脇 早絵 写真=吉田 竜司)
(前編はこちら)
芥川賞を受賞しても、会社員としての仕事も大切にする作家・津村記久子さんは「働くことは生きること。だから、未来を楽観視できない」と言う。冷静に社会を見つめる津村さんの視点は、作品のリアリティにも表れている。
後編では、津村さんが小説を書き始めたきっかけや、作品とどう向きあっているかを伺う。
絵本が身近だった幼少時代
音楽レビューを書いていた高校時代
── 昔からたくさん本を読まれていて、創作活動をしたいという思いがあったと聞いていますが、文章を書き始めた最初のきっかけは何だったのでしょうか?
津村 幼稚園が、絵本をたくさんくれるところだったんです。例えば聖書の絵本とか、工場の様子を説明した社会見学みたいな絵本とか、植物の絵本とか、体のしくみの絵本とか。そこで毎月、社会見学の絵本と、物語の絵本を3冊くらいもらって読んでいました。

1978年、大阪府生まれ。2005年、「マンイーター」で太宰治賞を受賞。同年、『君は永遠にそいつらより若い』(筑摩書房。受賞作を改題)でデビュー。2008年、『ミュージック・ブレス・ユー!!』で第30回野間文芸新人賞受賞。2009年、『ポトスライムの舟』で第140回芥川賞を受賞。
絵本は好きだったので、親もどんどん買ってくれました。だから、絵本はとても身近なものだったのです。
年長さんになると、絵本を読むだけじゃなくて、絵本の主人公を鳥から猫に変えただけ話を書いたりし始めました。完全にただのパクリなんですけど(笑)。
そういうことが何度かあったからか、割と昔から小説を書くことは自然というか、身近に感じていました。
中学生になると、ライトノベルを読み始めました。そこでも「自分も同じような話を書きたい」と思って、その設定倒れのような話を書いていました。
しかし、高校生になって音楽を聴くようになってから、小説は全く読まなくなったんです。高校3年間はずっと読みませんでした。
ただ、文章を書くことは続けていました。好きなバンドについて、「このバンドはこんなバンドで、私にとってはこんな存在で」というものから、曲のレビューも書いていました。一本のテープについてレポート用紙10枚もの量を書くんです。小説は読まなくなりましたが、文章を書くこと自体はこの時もずっと続けていましたね。
その後大学に入ったのですが、家から遠い大学だったので通学電車の中でやることがないなと思い、また小説を読み出したんです。それから本をどんどん買いだしました。特にSF小説が好きで、たくさん買っては読んでいましたね。





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