原文タイトル:The Web's Return To Chaos
原文掲載サイト:www.forbes.com
著者名:Quentin Hardy
原文公開日時:2010年1月25日
テクノロジーによって私たちは中世的な世界に逆戻りするのだろうか。
古(いにしえ)の世界へようこそ。ここは無法者のはびこる真に恐ろしい世界。それが気に入らないという人は、インターネットを恨むしかない。
つい最近、私はJoseph Menn氏の著書『Fatal System Error』を読んだ。同書は過去10年間に起こった有名な大規模サイバー犯罪をまとめたもので、一流の企業からマフィアとつながりのあるオフショアの怪しげなギャンブルサイトまで、あらゆるサイトに対して若いハッカーたちが仕掛けるDoS攻撃(サービス妨害攻撃)について書かれている。
(大きな情報漏えい事件2009)
・In Pictures: The Year's Most Notorious Cyberbusts
(悪質なネット詐欺2009)
・In Pictures: Security Tips For Executives
(エグゼクティブのためのネット安全対策)
・In Pictures: 10 Tips For Safer Browsing
(安全なブラウジングのポイント10)
・Selling Strategies: Six New Ways To Make Money Online
(オンラインで稼ぐ6つの方法)
米国の国家安全保障局のコンピューターに対するスパイ行為や攻撃、またシールドに守られた児童ポルノサイト、現実世界での違法薬物取引や罪なき人々の殺害は言うまでもなく、おそらくは政府と手を組んだロシアのギャングが欧米の消費者の個人情報を大量に盗むといった事件もあった。「ハッカー」という響きの良い言葉とインターネットの実体のなさが、事件関係者の悪質な残忍性を隠してしまうこともしばしばだ。
Googleなど数社に対する中国のサイバー攻撃が明るみに出て、Menn氏の本の出版はとてもタイムリーなものとなった(Google Takes On Chinaを参照)。だが、それほど希望は持てそうにない。解決策について簡潔に述べた最終章でMenn氏は、サイバー監視員、インターネット上で使える政府発行の身分証明書、安全なOS(オペレーティングシステム)、感染したOSなどについて述べ、「ネットは企業にとっても社会にとっても安全な場所ではない」と警告している。
それでもネットに私たちの未来があることは間違いない。未来とはもちろん、私たちがいまだ経験していない歴史のことである。Menn氏の本を読むと、そこから逃れてきたと私たちが思い込んでいた過去こそが未来なのではないかと思えてくる。
だが過去がどうであったかは、思い出すことさえ難しい。1989年の共産主義体制の崩壊からまもなく、米国の政治エコノミストFrancis Fukuyama氏がエッセイを発表し、それがのちに『The End of History and the Last Man』(邦題:「歴史の終わり」)として出版された。Fukuyama氏をはじめとする多くの人々は、市場経済に基づく自由民主主義が冷戦時代の敵国やその他の政治体制を相手に勝利を収めたと信じた。だがそれ以後、イスラム原理主義者、中国による権威主義的資本主義、環境保護主義を信条とする政党までもが次々と台頭し、氏の考え方は疑問視されるようになってきた。
だがこうした議論のほとんどは、進歩主義も含め、異なる社会体制間のせめぎ合いとして歴史を捉える考え方に基づいている。帝国という形をとるにせよ、ウィーン、ベルサイユ、ヤルタなどの会議を通じた外交行為の成文化という形をとるにせよ、大国による支配の歴史であることに変わりはない。
しかしながら多くの人々にとっては、歴史とは、これまでのほとんどの時代で、法廷ドラマというよりはギャング映画のようなものだった。バイキングは村を焼き払い、馬に乗ったフン族や蒙古は剣を手に駆け抜け、少年兵はピックアップトラックで運ばれる。暴力が唯一の論理なのだ。これが歴史であり、あまりに無秩序かつ衝動的で、筋道立てて語れるようなものではない。
Menn氏の描く混乱はここまでひどくはないが、規律と秩序からなる世界よりはこちらに近いようだ。有名無名のサイバーギャングが、考えられているよりずっと場当たり的なロシアや中国などの政府と手を組んで、現われては消えてゆく。彼らが動く標的としているのは個人や政府の行動規範だ。犯罪は、国の内外に存在する小さな組織が非公式に連携することでは、ある程度抑制できても、解決するのはなかなか難しい。その犯罪が広く知られるようになるケースもあり、政府首脳を悩ませる。これは貪欲さ、スピード、評判を糧に動く大規模な非合法ソーシャルネットワークにおける犯罪であり、犯罪との戦いなのだ。
このネットワークの構造は、急速な変化と高い適応度、そして部外者からは位置を特定することもコントロールすることも難しいという点で、合法的なソーシャルネットワークとそれほど違わない。こうした特徴は、普通の人々が力を握っている場合には称賛できるのだが、犯罪への強い欲求には抗しがたく、これを制圧するのはほとんど不可能だ。
非合法ネットワークの世界で犯罪者たちは、グルジアの多数のコンピューターをハッキングし、ロシア軍のグルジア侵攻を手助けした。ナイジェリアからはスパムメールを発信してコートジボワールのクーデター計画への指示を行った。多くの詐欺事件が起きているにもかかわらず逮捕者はごくわずかであり、ほとんどの犯罪者は処罰を逃れている。
Menn氏の著作同様、Googleが中国で経験したこと(同社の信頼すべきパートナーであった中国政府による裏切り行為と見てまず間違いないだろう)は、私たちの目が届かないことに疑念を抱かせる。これまで知られたもの以外にどのような情報がスパイされ、ハッキングされ、盗まれたのだろう。コンピューターや多くのデバイス向けに製造されたチップに潜伏ウイルスでも組み込まれているのだろうか。その犯人は個人の犯罪者たちだろうか、政府だろうか。この2つに違いはあるのだろうか。そして彼らは何を望んでいるのだろうか。
ある事情通は、「犯罪と、政治・外交はこれまで別物として考えられていましたが、両者は結合しつつあります」と語る。
これはすなわち、政府がギャングのようになりつつあることを意味する。戦いのどちらの側であっても、非公式な圧力が、成文化された法と変わらぬ力を持つ。善人と悪人が入り交じるなか、軍隊とギャング、あるいは軍隊と企業を区別することは難しい。ハイテクでバーチャルではあっても、ある意味で我々が喜んで過去に葬ってきた「ギャング映画のように暴力的」で混乱した歴史の再来とも言えるのである。
Quentin Hardy氏の記事を読みたい方はこちら。連絡先はqhardy@forbes.com。
from Forbes.comは、米Forbes.comに掲載のコラムをnikkei BPnetが翻訳提携の下で翻訳して掲載しています。ビジネスやITに関する記事を中心に毎週2本のペースで掲載の予定です。
©2010 Forbes.com Inc. All rights reserved.

