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「オープンスカイ」 ~航空連合に関わる「航空自由化」の流れ(1/3ページ)

2010.01.08

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(もり・ひろし=新語ウォッチャー)

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イラスト:小林商事

 2009年12月11日、米ワシントンで行われていた日米航空協議において、日米両政府は「オープンスカイ」協定の締結で合意した。オープンスカイとは航空自由化のこと。二国間の航空路線・便数・運賃などを、政府ではなく民間が原則自由に設定できる仕組みを言う。現在世界の航空市場では、このような自由化の流れが加速しつつある。これまで保護主義的だった日本の航空行政も、この流れを無視できなくなった。

 第二次世界大戦後の国際航空市場は、1944年採択の「シカゴ条約」に基づいてルール作りが行われている。同条約では各国の領空主権を規定。例えばある航空会社が外国の領空で定期便を設けるためには、当事国の許可が必要であるとした。そしてその許可を得る方法は、当事国同士が結ぶ「航空協定」に委ねられることになった(条約内ではこのほかの方法も設けているが実質的に死文化している)。

 この航空協定のモデルケースとなったのが、1946年に米英が締結した「バミューダ協定」だ。これがその後、世界各国で締結される航空協定のひな形となる。そこで、このような体制のことを「バミューダ体制」と言う場合もある。

 バミューダ協定では、米英間の航空路線について各種の取り決めを行っている。具体的には路線、航空企業の指定(指定企業のみが相手国の運営許可を得られる)、運送力、運賃(設定には両国の許可が必要)といった項目からなる。つまり、このような内容について当事国同士で取り決めを交わすことが、1946年以降の航空市場における基本ルールとなったわけだ。

 その一方、1970年代末の米国で、航空自由化に向けた動きが始まる。実は前述のシカゴ条約やバミューダ協定の協議過程でも、米国は一貫して「国際市場」の自由化を求めていたが叶わなかった経緯がある。1978年、米国は航空会社規制緩和法を制定。まずは「国内市場」について市場参入・路線・運賃などの自由化を実現した。このことがコンピューター予約システム(CRS)や、ハブアンドスポークと呼ばれる路線網(拠点となる大規模空港に周辺都市からの路線を集める方式)の発展を促した。そして航空企業の淘汰も進むことになる。

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