東條英機らA級戦犯7人が処刑された日に隠されていた「暗号」を、僕は『ジミーの誕生日 アメリカが天皇明仁に刻んだ「死の暗号」』(文藝春秋)で解き明かした。一方で、東條英機という存在は、いまの日本人にとっても他人事ではない。現在の閉塞感につながる歴史の重荷がそこにはある。
世に名高い「バーデンバーデンの密約」
NHKのスペシャルドラマになった『坂の上の雲』(原作・司馬遼太郎)を見てもわかるように、明治維新当初というのは、社会システムができあがっていなかったから、いろいろなチャンスが転がっていた。明治維新で徳川幕府を倒したのは、薩摩(鹿児島県)、長州(山口県)、土佐(高知県)、肥前(佐賀県)だった。藩閥政府と呼ばれた。出世には藩閥のコネがものを言った。ただしコネのある人がエリートコースを歩んでいく一方で、コネのない人々も、今でいう“ノンキャリア”からはじめて、抜擢されてはい上がることが可能だった。
東條英機の父・英教(ひでのり)も、“ノンキャリア”からはじめて陸軍少将にまでなった。だが、東條英教の時代は、藩閥が幅を利かせていた。父親が少将で退役させられた事実を息子の東条英機は不公平な人事だと思っていた。
東條英機はコネ社会を打倒するために、世に名高い「バーデンバーデンの密約」を1921年10月に結んだ。
「岡村はある計画をもっていた。モスクワに駐在している小畑敏四郎、やはりヨーロッパ出張でスイス、フランス、ドイツを回っている永田鉄山、それに岡村の3人は同期生の縁でドイツのバーデンバーデンで会い、密約を交わしていた。日本陸軍改革のために手を携えて起ちあがろうとの意思のもとに3つの目標を定めていた。その密約に、ベルリンにいる東條も加えさせようというのが彼らの肚づもりだった。
『どうだ、貴様もわれわれの意思に同意せんか』
岡村は東條のアパートで熱心に口説いた。
『長州閥を解消し人事を刷新するのが第1点、つぎに統帥を国務から明確に分離し、政治の側から軍の増師には一切口出しを許さぬようにすること、そして国家総動員体制の確立が第3点だ』
いずれも東條には共鳴できる目標だった」
(保坂正康『東條英機と天皇の時代(上)』より)
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