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花岡信昭の「我々の国家はどこに向かっているのか」ビジネス

「核密約文書」を日米関係悪化の要因にするな(1/5ページ)

2009.11.26

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 こんどは「核密約」の文書発見だという。核の持ち込みや一時寄港に関する取り決めが日米間に存在することは、ほぼ既定事実化していた。これまでその存在を否定していた外務省がようやく認め、調査委員会の検討を経て来年1月にも公表されることになった。

 日本政府は「米側から事前協議の申し入れがない以上、核持ち込みはない」とする態度を貫いてきた。これに関する文書の存在を外務省が認めたのは、政権交代の「果実」ではある。だが、米側資料ですでに明らかにされていることでもあり、ただでさえ悪化している日米関係にさらに緊張要因をもたらす材料として使ってはなるまい。

外務省でタブーとなった非核3原則

 宮沢喜一氏から生前に聞いた話を思い出した。三木政権で外相に就任したときのことだというから、1974年にあった事実だ。

 外務省に行ってまもなく、幹部から政治決断の要請を受けた。「非核3原則を変更して2・5原則にしたい」というのである。

 非核3原則は1967年、沖縄返還に関する国会質疑で当時の佐藤栄作首相が明らかにしたものだ。「持たず、つくらず、持ち込ませず」と言明、以来、これが「国是」のごとく扱われてきた。

 外務省幹部の当時の提言は、これを核積載艦の一時寄港は認めることにしたい、というものだった。3原則を2・5原則にしたいというのはそういう意味であった。現在は潜水艦発射型の核ミサイルが一般化しているから、日本の港や陸上に核そのものが存在しなくても、アメリカの「核の傘」は機能している。当時は核積載艦の寄港が必要であったのであろう。

 宮沢氏は周知のとおり、現実主義的なリベラル政治家である。2・5原則に変更したいという外務省の検討をただちに中止させた。

「そんなことをしたら、国論は二分され、反対するデモ船で東京湾がいっぱいになる。1週間もこれをやられたら日本経済はパンクしてしまう」。宮沢氏は反対の理由をそう説明したように記憶している。

 いま考えれば、非核3原則に風穴を開けるいいチャンスだったようにも思えるが、宮沢氏は「無用な騒ぎを起こすべきではない」という態度を取ったのであった。これ以来、外務省内では非核3原則に触れることはタブーとなった。

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