臨床美術のプログラムにより、認知機能に驚くべき効果が
では具体的にはどのようなプログラムが実践されているのか。内閣府認証のNPO法人「日本臨床美術協会」では400近いプログラムを開発している。一例を紹介する。
まず、野菜のナスを描くとする。その際、静物としての見たままを描くのではなく、対象物をさわったり、匂いをかいだり、味わうなど五感を駆使して対象物を感じ取り、そこから得られたイメージを描く。また、あるプログラムでは「風」や、「友人同士の会話」といった生活の一シーンなど「形」になっていないものを描くこともある。
客観的な造形を描くわけではないから、どんな絵が正しいとか優れているという答えがあるわけではない。それぞれが自分でとらえたイメージに率直になることで、創作に向かう能動性が高まる。それが脳の活性化につながるというのが臨床美術のポイントだ。
この臨床美術のスタートは、95年末に彫刻家の金子健二氏が、当時大宮市医師会市民病院で脳外科長を務めていた木村伸医師と出会い、アーティストと医師、それにファミリーケアを加えた3者の立場から新たなアートセラピーのあり方を考案したことがきっかけとなった。翌96年、先の大宮市医師会市民病院にて、5名の認知症患者(当時は痴呆症と呼んでいた)に対して1年間限定でプログラムを提供したという。
その際、プログラムの提供前後で参加者にMMSE(認知機能検査:認知障害の有無およびその程度を測定するためのスケール)を実施。MMSEでは、一般的にプラス3点以上で改善、マイナス3点以上で進行、±2点の範囲内で現状維持と判定する。それによれば、参加者の認知機能の維持・改善において一定の効果が見られたという。
その後、国立精神神経センター武蔵病院、および筑波大学などの協力を得て、臨床現場におけるプログラムを広く実施した。結果、MMSE測定により、参加した認知症患者の64%が維持、16%に改善が認められたという。認知症の中でも最も多いアルツハイマー型は、認知機能の悪化が不可逆的といわれるが(実際、臨床美術を行う中でもIQ自体は低下傾向を示す)、MMSE測定において8割が維持・改善を示したということは注目に値する。
臨床現場における効果が認められ、04年に内閣府の認証を得た特定非営利法人「日本臨床美術協会」が発足した。同時に、日本認知症ケア学会での研究講演が優秀演題発表に授与される石崎賞を受賞。さらに、厚生労働省「認知症予防対策研究事業」プロジェクトの一環として、軽度認知障害ある高齢者を対象とした実践が本格的にスタートしている。