■今月の言葉
文質彬彬(ぶんしつひんぴん)として、然(しか)る後に君子
(内面と外面の釣り合いがうまくとれてこそ、君子といえるのだ) 雍也(ようや)篇
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孔子は、立派な人間にはバランスの良さが絶対に必要と考えていました。それを示すのが、今回の言葉の「文質彬彬」、そして次回取り上げる「中庸(ちゅうよう)」という言葉に他なりません。
「文質彬彬」の「文」は外見を意味し、「質」は物事の中身のことを意味します。そして「彬彬」が「釣り合っているさま」をいいます。立派な人間であれば、外見と中身、言葉と行動、積極さと慎重さなどの面でバランスが取れ、釣り合っている必要がある、というのです。
では、そんな孔子自身は何事にもバランスが取れていたのか、といいますと、行動の面ではどうも積極さに偏るきらいがありました。
孔子は若いころ、仕事に恵まれず、五十歳過ぎまで浪人状態が続く人生を送っていました。これがもし自分の弟子たちであれば、たとえ仕官ができなくても、じっと我慢して自分の実力を高めるのが何より重要と教えさとします。『論語』の里仁(りじん)篇にも、こんな名言があります。
位なきを患(うれ)えず、立つ所以(ゆえん)を患う
(地位のないことを気に病む必要はない。それよりも、実力を身につけることが肝心だ)
ところが孔子は、自分のこととなると、危うい橋でも突き進もうとしてしまうのです。
例えば孔子が五十歳のとき、魯の国で反乱騒ぎがあり、公山弗擾(こうざんふつじょう)という人物が、魯の国で一部独立勢力を構えたことがありました。そして、その公山弗擾から孔子のもとに、仲間に加わらないか、という誘いが来たのです。すると孔子は、その誘いに応じようとします。




