今回お話をうかがった救急医の松本尚さんは、ヘリコプターを使った救命救急のシステム「ドクターヘリ」で、年間600回も出動している救急チームのリーダーを務めていらっしゃる。「ドクターヘリ」は、救急車で病院に搬送していては、生命に危機が訪れてしまうきわめて緊急性を要する患者に対して、医師のほうからヘリコプターで患者のもとへ駆けつけて救命措置を行うシステムである。まさに命を賭けて1分1秒を争う現場である。
そこでは時間を使って精密に検査し原因を突き詰めていくというやりかたは採れない。患者の命を救うためにその場で瞬時に判断を下しながら応急に処置をしなければならない。松本さんのお話をうかがって、救急医療はいわゆる一般の医療とは質的に違うものだということがよく分かった。
実は我々の脳の働きにも、似たような役割分担がなされている。脳の中の感情の回路は非常に速く働いて何かが起こったときに応急に対処する。そのあとで、大脳新皮質がいろいろと細かい作業をこなしていく。「生命にとって一番貴重なリソースは『時間』である」とよく言うのだが、脳はこのような仕組みで「時間」を効率的に使っている。
精密にベストをつくすより、とりあえず応急に何かをすることのほうが優先順位が高い現場。程度の差こそあれ、こうした時間と戦いは、どんな仕事にもあるのではないだろうか。「その場で切れるカードはたくさんあったほうがよい」。「一度ですべてを決着させようと思わないこと」。「1つのことをしながら、次の手、その次の手を同時に考える」。現場で培われた流儀がこうした松本さんの言葉につながっているだと思う。
医師ひとりの力よりもチームの力、またチームの外側でかかわるひとたち全部を含めたシステムときちんと機能させることの重要性を松本さんは強調されていた。通報を受けた消防の人が救急車とヘリの出動を要請する判断や、現場に到着するまでの情報の共有、治療方針から病院での手術の準備など、かかわる全員がオーケストラのように同じ目的に向かって一体となっていなければならない。




