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野球の「心」をたずさえ子供たちと進む

キャリワカ世代に聞くビジネス

少年少女を日本に招聘
野球の「心」をたずさえ子供たちと進む(1/5ページ)

出合祐太さん(後編)

2009.09.04

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(聞き手:伝農 浩子)

(前回記事はこちら

 青年海外協力隊の野球指導員として西アフリカのブルキナファソに派遣されている出合祐太さん。派遣から1年半も経っていない今年7月31日、子供たちと引率者計13人を引き連れて日本に来た。念願だった日本への招聘プロジェクトが実現したのだ。出合さんが招聘プロジェクトを実現させるまでと、日本野球への思いをうかがう。

海外で「野球」を普及、指導したい

出合祐太さん

 子供のころから野球を続けていた出合祐太さん(26歳)は高校2年の時に、青年海外協力隊派遣員として野球の指導をしている人の存在を知る。「野球が広まっていないところに野球の楽しさを伝えたい」。それ以来、ボランティアとして海外に渡り、野球の指導、普及をすることが夢となった。

 その一方で、プレイヤーとしての自分の力を試してみたいと、北海道内でも強豪の札幌大学に進み野球部に入る。そこで知ったのは、野球の厳しさだった。

 「小中高校とほぼ同じ仲間と野球を続けてきて、僕にとって野球は楽しいスポーツでした。でも、野球部員が80人以上もいる大学で、初めて『競争』を知ったんです。屈辱も感じたり、必死で野球と向き合って技術を磨く。そこからが僕にとって本当の野球だったと思います」

 大学卒業に際し、海外指導員の道を探ったが、その年の青年海外協力隊で野球指導員の募集はなく、企業に就職した。

 「このときは、もう野球は諦めようと思って、それからほぼ2年間は全く野球から離れていたんです」

 しかし、社会人となった2年目、勤務先に近い中学に赴任していた同級生が野球部監督となった。出合さんはその友人に頼まれて野球のルールや指導方法を教え、生徒たちをコーチすることになる。この出来事が、「もう一度野球をやりたい」という思いを呼び起こした。5カ月ほどだったが、技術を教えたり、人を引っ張ったりすることの難しさも知り、指導者としても大きな経験となった。

 そして2007年4月、念願の募集があり、試験に挑戦。みごと11月に派遣が決定した。ブルキナファソへの野球指導員派遣は出合さんが最初だった。

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