(奥野 宣之)

ネットユーザーがウェブにアップした「抗議の電話」を聞いたことがあります。外食チェーン店のアルバイトが厨房でイタズラしたことをほのめかした日記が公開され、問題になっているさなか、ある一般人がその会社の「お客様センター」に電話した時の録音です。
抗議したい気持ちはまだわからないでもない。ただ、電話をかけている男性が次のセリフを繰り返すのには、言いようのない不気味さを感じました。
「消費者として、今回のことをとても遺憾に思っている」
被害を受けたわけでもない人間が、消費者というだけで、企業を謝罪させる。こんな悪趣味がまかり通っているのは異常でしょう。本書を読んで、この電話のことを思い出しました。
さて、この本のメッセージは一貫しています。「食品偽装は悪い」「データ捏造は悪い」といった単純化しすぎた物事のとらえ方、すなわち“思考停止”が、問題を解決に導くことを難しくし、社会全体のパワーを失わせている──。
本書で指摘している思考停止の例を挙げてみましょう。
不二家や伊藤ハムへの「食の安全性」についてのバッシング、耐震偽装問題、村上ファンドとライブドア、裁判員制度、年金記録の改ざん、不二家を巡るTBSの誤報・・・。
これらの事件は、謝罪会見や強制捜査など、劇的な映像や写真だけは頭に残っています。一方で、どこか腑に落ちない気分も残りました。嵐のような報道合戦が過ぎ去った後、結局、事件や事故にどんな背景があったのか、再発を防ぐにはどうすればいいか、誰にもわからない。残ったのは「あいつが、あの会社が悪かった」という思いだけ。





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