社会人になって何を読むべきか?
そのひとつの答えとして司馬遼太郎作品を真っ先に挙げてきました。その理由を知りたい方、またはまだ未読の方は、連載第1回の「キミは司馬遼太郎を読んでいるか?」を読んでみてください。
本連載では繰り返し説いていることですが、学生までの読書と社会人になってからの読書というものの考え方を抜本的に変えたほうがよい、というのが私の主張です。というのも、私はさんざん読書をしてきましが、オタク的趣味で読んだ本というのは、私の人格の形成上必要なものだったとは思いますが、仕事にはほとんど役立つことはなかったのです。
例えば、私はガルシア・マルケス、ボルヘスといった南米作家は好きですし、ドイツのファンタジーなども好きです。また、神秘学領域も好きですから、そういった普通の人とは全く会話さえできない作品を山と読んできました。それは主に20代半ばまでの読書です。しかし、こういった読書をネタと考えると、友人・知人で議論し合うことはなく、まったく孤独のまま、情報共有することはありませんでした。
もちろん、今はWeb全盛ですから、このような個人的な趣味を共有しようと思えば、仲間はできるでしょう。でも、密かな趣味として「たまに」読む程度にしたほうが健全な気がします。なぜならば、幻想文学もファンタジーも同じリアルなのですが、実社会とはかけ離れた異世界であるからです。
もし、あなたがアーティストでしたら、こういった作品に囲まれる毎日も悪くはないと思いますが……。
例えば、あなたはどんな本を読んでいますか? と問われた時に「ボルヘス」が好きです。そう答えても、ほとんどの人が反応を示せないのです。でも、もう少し読書の幅を広げておけば、「池波正太郎です」などという選択肢もあるわけで、そのほうが万人とのコミュニケーションが容易なわけです。
ただ、コミュニケーションが容易になるから一般的に知られた作品を読んだほうがいい、と述べているわけではありません。読書の幅があれば、ポピュラリティと質を同時に兼ね備えた作品も視野に入るということです。












