実際に、北朝鮮側が日本に「8人の被害者は生きていないけれども、それ以外に複数の日本人被害者が生きていて、彼らを帰国させたい。もし、それをやれば、日本の北朝鮮に対する感情は良くなるのか。もし良くなるのならやりたい。良くなるのかどうかを外務省で調べてほしい」と依頼してきたという。そして外務省は調査を行ったが、「良くはならない、むしろ悪くなる」という結果が出て、北朝鮮にそれを伝えたら、帰国させたいという申し出が沙汰止み(さたやみ)になったというのだ。
このことを踏まえて私は、日本の外務省、また日本の政府に対し、なぜ、本気の交渉をしないのかということを言いたかった。世論が怖いから本気の交渉ができないとはだらしない限りだ。生きているのか、生きていないのかわからない中で、生きていることだけを前提にしなければ交渉にならないとか、だから本格的交渉ができなかったというのでは、拉致被害者の家族の方々に対しても、国民に対しても、無責任極まりない。もっと本気の交渉をやるべきだと、そう主張したかった。
そうしたことを申し上げたかった。
私の言葉が足りなかったのかもしれない。
「被害者が生きていない」と私が発言したということだけが大きく取り上げられているが、私の主張は、北朝鮮と本格的な、本気の交渉することが政府の責任であり、それが被害者家族の方々に対しても責任を果たすことになる、ということだ。
しかし、私の言葉が足らなかったために、被害者家族の方を傷つけ、あるいは怒らせてしまったことは申しわけなく、それについてはお詫びしたい。
1934年滋賀県生まれ。早大文学部卒業後、岩波映画製作所、テレビ東京を経て、フリーランスのジャーナリストとして独立。1987年から「朝まで生テレビ!」、1989年からスタートした「サンデープロジェクト」のキャスターを務める。新しいスタイルのテレビ・ジャーナリズムを作りあげたとして、1998年、ギャラクシー35周年記念賞(城戸賞)を受賞。また、オピニオン誌「オフレコ!」を責任編集。2002年4月に母校・早稲田大学で「大隈塾」を開講。塾頭として未来のリーダーを育てるべく、学生たちの指導にあたっている。最新刊に『田原の眼力 嘘ではない真実の取材ノート』(扶桑社新書)がある。