では、「十分に時間を与えた」とはどういうことなのかと聞いた。
当時、米ブッシュ政権のライス国務長官の下にいたヒル国務次官補(東アジア・太平洋担当)が北朝鮮との交渉をしており、ベルリンで北朝鮮代表と会談をした。そして、この時からアメリカは対北朝鮮政策を、圧力から対話に変えた。そして、バンコ・デルタ・アジアの口座を封鎖していたが、結果的にこれを解除した。これは、アメリカが圧力から対話に変えたことを具体的に示す出来事だ。
外務省幹部が言うには、そのベルリン会談以後、アメリカは日本に1年、時間をくれたのだと。
それは何のための1年なのか聞くと、それは拉致問題について日本が北朝鮮と交渉をする時間であったが、日本は北朝鮮と本格的な交渉をしなかった。このことでアメリカは見込みなしと判断して指定解除を行ったと、外務省幹部は話した。
なぜ、日本は北朝鮮と本格的交渉ができなかったのか。
この質問に対し、外務省幹部は「世論」だと答えた。
拉致被害者家族をはじめとして日本の世論は、8人の拉致被害者が生きていることを前提にする交渉しか認めない。これでは本格的交渉はできないというのだ。