今回の宇宙基本計画の策定でどのような方針がでるか、もっとも注目されていたのが有人宇宙活動の分野だった。
アメリカのスペースシャトル/国際宇宙ステーションから有人月探査への方針転換、中国の有人飛行成功と着実な実績、インドの有人宇宙分野への参入公表など、ここ5年ほどの間に有人宇宙活動の分野では大きな変化が立て続けに起きている。中でも有人宇宙活動の分野や今や「アメリカと旧ソ連(ロシア)の技術的優位を示す象徴」ではなくなったというのは大変重要な変化だ。
21世紀に入ってから、世界では有人宇宙技術のコモディティ(日用品)化とでも言うべき現象が起きている。ところが、状況が大きく変化する中で、日本は2002年6月に内閣府・総合科学技術会議が「有人宇宙活動について、我が国は、今後10年程度を見通して、独自の計画を持たない」と宣言してしまっていた。
2002年に自らがかけてしまった呪縛は2011年度末には解ける。呪縛が解けたからすぐに動けるものではなく、その前からどうするべきか準備しなければならないのは明白だ。宇宙基本計画は、2009年度からの今後10年を見越しての5年間の行動計画である。私は、当然のことながら独自有人宇宙活動について、既存のシャトル依存/ISS利用という路線から踏み出した方針が示されるであろうと予想していた。
ところが驚いたことに、公表された宇宙基本計画(案)[pdfファイル]では、なにも方針が示されなかった。文字通り「なにもなかった」のである。
中国が有人宇宙飛行の実績を積みかさね、インドも有人宇宙飛行の実施を宣言した今、どのような方向であれ日本は方針を示すべきであった。「日本も独自の有人宇宙システムを開発する」でも良かったし、「有人宇宙飛行のような内実のないことはせず、その分の予算でもっと役立つことをする」でも良かった。重要なのははっきりとした方針を示すことだった。
しかし、宇宙基本計画(案)には、シャトル依存/ISS利用という現状を追認する以上の記述は存在しなかった。新たに登場したのはヒト型ロボットによる月探査という、見事なまでに実質のない象徴としてのみの計画だけだった。「二足歩行のヒト型ロボットを月面に送る」のは、無人宇宙開発であり有人宇宙開発ではない。
今回の宇宙基本計画(案)が示しているのは、何一つ“本番”をせずに有人宇宙開発を行うという意志とも言えない意志である。これは大変憂慮すべき事態だ。積極的な「やる」でも「やらない」でもない。「やった気分にだけはなる」という、最悪の選択である。
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