今回お話を伺った瀬谷ルミ子さんは、スーダン、シエラレオネ、アフガニスタン、コートジボワールなど世界の紛争地域で国家の復興と平和構築を支援する活動をされている。かつては国連PKO職員や外交官として、現在は国連や国際機関の要請を受けてDDRと呼ばれる武装解除・動員解除・社会復帰(Disarmament、Demobilization、Reintegration)の活動にNGOの立場で参加されている。
瀬谷さんはもともと国連PKOなどの組織に属していたが、「NGOの方がより裁量の範囲が広い」と考えて現在の立場を選んだ。その判断に至ったのは、組織の一員として参加していると、自分で権限を超えて動くことが難しいことや、現場で必要とされていることよりも組織としての目的を優先させなければならなかったという過去の苦い経験があったためだ。
組織が与える権限よりも、個人の方がより現場に即した広い裁量や権限を持っている。個人と組織の問題は私も興味を抱いていて、個人の方がむしろ自由であり、しかもそれが権限に及んでいるという点が面白いと感じた。
瀬谷さんの話を伺いながら、白洲次郎のことを思い出した。白洲は吉田茂の懐刀として戦後の日本の方向付けに大きな働きをした。一般には吉田の方が偉いと思われるのだが、白洲の方がある意味では自由に動いている。
「遊軍」の強さというものがある。指揮命令系統のがっちりした組織から外れている人の方が、むしろ大きな働きをするのは興味深い。中国の古典である史記などを読んでいても、合従連衡などを仕掛ける軍師が諸国を自由に動き回る姿がたびたび登場する。
諸侯が対立している間を軍師が飛び回り、様々な知恵を授けたり、戦略を練ったり、あるときは裏切ったり騙したりしている。案外、諸侯や王などは不自由とさえ思える。その姿を見ると、どちらが主人公か分からないくらいだ。
瀬谷さんもある意味で、そういう存在ではないか。各地域の政府や国連や、さまざまな人々の間を動き回って、問題の解決に力を注ぐ。




