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松浦晋也の「宇宙開発を読む」テクノロジー

浮上した日本の有人月探査計画(4)(8/9ページ)

2足歩行人型ロボットに偶像以上の意味はない

2009.03.25

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 相当の予算を投じても、それが何の役に立つわけでもない。ただ、時代のシンボルとしてのみ大変有効に、それこそアポロ計画並みに作用すると見抜いているのである。

 ところが3月5日の宇宙開発戦略専門調査会・第5回会合における議論では、立花氏の「シンボリックな絵を撮るためだけ」というシビアな視線がすっぽりと抜け落ちている。毛利委員の資料には、1/2スケールの宇宙船を開発・製造し、有人月探査を人型ロボットでシミュレートするという、「二足歩行人型ロボットは役に立つ」という視点が入り込んでしまっているのだ。

 これは欺瞞だ。「財政当局を説得して予算を獲得するためには、たとえ嘘であっても有用性を主張しなくてはならない」という先入観にとらわれているのだろうか。

 地上ですら完全に人体の動きをシミュレートするロボットを開発できないでいる現状で、宇宙空間で宇宙船の操作性を評価可能な二足歩行人型ロボットを開発するのは、それだけでも大変なコストと労力を必要とするだろう。先に述べたように宇宙環境は地上とは異なる厳しさに満ちている。地上でまだできないことが、国家目標に取り上げて予算を投入しさえすれば、宇宙でできると思ってはいけない。

「シンボリックな絵を撮る」だけなら、目的を絞り込んで実施を

 提出資料にあるように、毛利委員の主張の根幹は「国際協力プロジェクトに、日本は日本の強い技術分野を基本に、ビジネス展開を波及させるロードマップを持った上で参加すべき」というものだ。これ自身は意味のある主張である。

 しかし、そこに「地上のロボット技術があるのだから、宇宙ロボットでも大丈夫」という思い込みが入り込むと、道を誤る危険がある。「日本が得意な二足歩行ロボットを月に送り込む」となると、錯誤に錯誤を重ねることとなり、さらに危うい。

 立花氏が指摘するように、二足歩行ロボットには「シンボリックな絵を撮る」という以上の意味はない。それを「日本の国家のプレステージを示すためにもやってみせる価値はある」と判断するならば、「1/2の宇宙船にロボットを乗せて有人月探査をシミュレート」などと考えず、徹底的に「シンボリックな絵を撮る」ためだけの最小限の計画を手早く実施すべきである。それが計画のコストパフォーマンスを最大化する唯一の選択である。

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