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日本の伝統を継ぐ外国人たち


手をかけて作る藍染と織物
蚕から育てて機織りする

藍染・織物職人 ブライアン・ホワイトヘッドさん(1)

2009年01月20日  RSS  コメント(0件)

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(伝農 浩子=フリーライター)

 戦前は日本の主要産業の1つであり、重要な輸出分野でもあった蚕糸業。しかし、戦後は海外の安い絹糸や絹織物に押されて衰退の一途を辿る。神奈川県の藤野町も、かつては養蚕業が盛んだった町。今では養蚕をする家も数軒になってしまったこの町で、養蚕や織物を伝えているのは、藍染や手織物に情熱を傾けるカナダ人の職人、ブライアン・ホワイトヘッドさんだ。日本の伝統的なスタイルで、蚕や餌の桑を育てるところから、布を織って小物や服を作るところまで、すべて自分でこなしている。

藍染に魅せられて

ブライアン・ホワイトヘッドさん
(Bryan Whitehead)
(問合せはleafytailstextiles@gmail.com)

 東京の中心を東西に横切るJR中央線。電車が西に進み、高尾を過ぎて神奈川県に入ると風景は一変し、山並の中を走り抜けるようになる。高尾からわずか2つ目、相模湖の次となる藤野は、北に陣馬山がそびえ、相模川が流れる。中央線のほか、中央自動車道、甲州街道が通る谷間の町だ。

 山梨県との県境に向かった山裾の、茶畑を眺める道端に、藍染と織物職人のカナダ人、ブライアン・ホワイトヘッドさんのスタジオがある。藤野町の山間に点在する茶畑は、かつて桑畑だったという。

 アート・イベントで訪れた藤野が気に入り、イベントで知り合った地元の人に見つけてもらった家をベースに、東南アジアなどへの旅を繰り返していたホワイトヘッドさん。インドネシアでは、バティックの染めや藍染なども学んでいた。そして、インドネシアに行こうと一旦は決心する。

 「でも、日本での生活も捨て難かったので、インドネシアはやめて、日本で藍染職人になろうと思った。畑作って藍草を植えて……」

日本の藍染に使う藍草はタデ科の1年草で、正式には蓼藍ともいう。2回の発酵が必要となり、蓼藍を使っているのは、現在は日本だけだという
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