前回、「宇宙科学と探査」の「探査」には「有人宇宙活動」が含まれ、有人宇宙活動は過去、多額の予算を使ってきたと書いた。実際、日本は有人宇宙活動に、コンスタントに宇宙科学の約2倍の予算をかけている。
「宇宙科学と探査」という言葉は、硬直化した予算制度の下で、「有人枠を宇宙科学で使わせて貰う」という予算獲得の技術論ではある。しかし、それは単なるつじつま合わせではない意味をも持っている。
宇宙基本法は、第5条で「第五条 宇宙開発利用は、宇宙に係る知識の集積が人類にとっての知的資産であることにかんがみ、先端的な宇宙開発利用の推進及び宇宙科学の振興等により、人類の宇宙への夢の実現及び人類社会の発展に資するよう行われなければならない。」と規定している。「人類の宇宙への夢の実現及び人類社会の発展」とは、長期的には人類の宇宙進出に他ならない。
「人類の宇宙進出」にあたっては、先駆けとしての「無人探査」と、本番の「有人探査」をひとまとめのものとして考えなくてはならない。あらかじめ十分な無人探査を実施しておかなければ危険だし、なによりも「何も成果も出ない、人間が行っても意味がない場所」に多額の予算を投入して行ってしまう可能性が残る。つまり、「宇宙科学」と「有人を含む探査」は、本来不可分なものなのだ。
ブーツストラップ方式での宇宙開発の立ち上げで、「宇宙科学と探査」を“最初の靴ひも”として選ぶということは、予算枠の融通というだけではなく、長期的な人類の宇宙進出を見据えて、日本の宇宙開発を根底から組み直すということでもある。
バックナンバー
- 今の日本宇宙開発に欠けているもの
〜長期的な視点に立った取り組みを(2009年08月31日) - 政治の目指す“日本版NASA”の落とし穴(2009年08月28日)
- 韓国のロケット羅老1号機、打ち上げに失敗(2009年08月27日)
- 先行き混沌のGXロケット
鍵はJAXA宇宙輸送系の企画力(2009年08月10日) - 公表された宇宙基本計画案(7)(2009年05月18日)
















