吉原欽一
社団法人アジアフォーラム・ジャパン専務理事
1998年6月、ビル・クリントンは、アメリカ大統領として89年の天安門事件以来はじめて中国を訪問した。滞在は9日間という異例の長さに及んだが、その一方で、訪中の前後に同盟国である日本に立ち寄ることはなかった。
日本「素通り」(ジャパン・パッシング)が、中国側の意向を汲んだものなのか、もとからクリントンに立ち寄る考えがなかったのかはわからない。だが、中国を「戦略的パートナー」と呼び、さらに江沢民国家主席主催の晩餐会で「米中両国はかつて日本と戦った同盟国だった」とスピーチしながら、日本を素通りしたあげく、中国滞在中に繰り返し日本の経済政策を批判するという彼の態度は、経済摩擦や第一次朝鮮半島核危機、沖縄の基地問題などをめぐって危機に瀕し、「同盟漂流」といわれた90年代の日米関係を象徴していた。
このとき、日本の政・財・官界のエスタブリッシュメントに植え付けられた“クリントン・コンプレックス”あるいは“民主党コンプレックス”は、相当に根強い。加えてブッシュ政権の8年間、対米交渉においては、リチャード・アーミテージ元国務副長官や、マイケル・グリーン元国家安全保障会議(NSC)上級アジア部長といった知日派人脈に頼りきりであった。こうしたことから、2008年の大統領選に際しても、日本のエスタブリッシュメントの間では「民主党は中国重視」「民主党が勝てば保護貿易主義となり日本への要求が厳しくなる」といった意見が見られ、アーミテージが外交・安全保障アドバイザーを務める、共和党のマケイン候補が勝つのを期待する空気が少なからずあった。
特に、2008年初めまで大統領候補の大本命であったヒラリー・クリントンは、07年10月に発表した論文で、米中関係を「21世紀でもっとも重要な二国間関係」と表現する一方、日本にはほとんど言及しなかった。実際、90年代に比べると、中国がアメリカ経済に占める割合は、はるかに大きなものとなっている。米財務省が先ごろ発表した国際資本統計によると、中国の米国債保有高は9月末時点で5850億ドル(約56兆7千億円)、ついに日本を抜いて1位となった。また、10年末までに4兆元(約55兆円)を投じる予定の内需拡大策も、危機に瀕した世界経済を牽引するものとして期待されている。
第2部で述べたように、オバマ政権は「三期目のクリントン政権」と呼ばれるほど、クリントン政権の人材を受け継いでいる。外交・安全保障分野においてもそれは例外でなく、クリントン政権で国家安全保障問題担当大統領補佐官を務めたアンソニー・レイクや、国連大使を務めたリチャード・ホルブルック(「ヒラリー政権」の国務長官候補だった)がアドバイザーに名を連ねているし、ヒラリーが国務長官に就任する可能性もある。
バックナンバー
- 融和をめざす「オールスター政権」
そしてヒラリーは国務長官になるのか(2008年11月21日) - 「ハイブリッド」大統領のオバマ氏
その最大の武器は「説得する力」にある(2008年11月20日)
















