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日本の伝統を継ぐ外国人たち


ドイツ人堂頭、自給自足の禅寺を継ぐ
生かされる意味を説いていきたい

曹洞宗安泰寺 堂頭(住職) ネルケ無方さん(2)

2008年11月11日  RSS  コメント(4件)

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(伝農 浩子=フリーライター)

(前回記事はこちら

 緑深い山中にある安泰寺。ここには拝観料を取って見せるような石庭や豪華な三門はない。修行者たちが自給自足の生活を送り、道元禅師が説く只管打坐(しかんたざ/ただ黙って坐る)を実践するだけだ。2002年から堂頭(どうちょう/禅寺の住職)を務めるのは、ドイツ人僧侶のネルケ無方さん。坐禅を生き甲斐と言い、ドイツで自著や五世堂頭澤木興道老師の著書の翻訳本も出版している。

坐禅のために日本へ留学

ネルケ無方さん(Muhô Nölke)
後方には托鉢で使う網代笠(あじろがさ)が下がる
安泰寺のHP

 曹洞宗安泰寺のドイツ人堂頭ネルケ無方さんは、7歳で経験した母の死で、生きることの意味に悩んだ。苦悶していた高校時代に禅と出会い、希望を見出す。そして、僧侶になることを決意。大学時代には京都大学に留学もした。

 24歳でドイツのエリート大学であるベルリン自由大学を卒業すると、待ちかねたように再来日。再度、京都大学に入り、安泰寺に接心(せっしん/一定期間、集中して坐禅を組む)に通った。1年後には大学を辞めて安泰寺に入り、25歳で得度(とくど/出家)する。

 しかし、学生時代とは違って、雲水(修行僧)となると責任も伴い、寺での上下関係も厳しくなる。さらに、入ったときには「安泰寺はお前がつくるんだ」と言われたのに、一方で「お前なんかどうでも良い」と言われた。

 「自分を手放せ、忘れなさいと言われて、その難しさに苦しんだんです」

 後に、それは、自我を捨てる、自分中心にものを見ず全体を見渡す、と解釈する。今では道元禅師の「はなてば手にみてり(手放してこそ探し求めていたものが得られる)」という言葉が座右の銘の1つ。しかし、このときにはまだ糸口さえつかめない。

時などを知らせる際に鳴らす板(はん)や伝鐘(でんしょう)

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