このページの本文へ
ここから本文です

多くの若者を殺した「パンデミック」の真実

2006年03月20日


 今からさかのぼること約80年前の1918年、あっという間に世界中に広まった謎のインフルエンザ「スペイン風邪」は、1920年までに全世界でおよそ5000万人もの尊い命を奪うほどの猛威をふるった。これが人類に、史上最大規模の被害をもたらせた「パンデミック」(全世界規模の感染の大流行)といわれている。



 しかし、「スペイン風邪」は、その猛烈な感染力と強い病原性の正体がまったくつかめずに急速に収束してしまった。その直後から、科学者や研究者たちによる、「謎の正体」の解明への長い挑戦が始まった。



皮膚が紫に変色して「紫死病」とも



 本書は、米国ニューヨークの小学校教師を経て、主に子ども向けの科学ノンフィクション作品を書き続ける著者が、1918年のインフルエンザによるパンデミック、いわゆる「スペイン風邪」について克明に記したもの。あわせて、インフルエンザの謎について研究し続けている科学者たちの、途方もなく長い、そして果てしない闘いを描いている。



 インフルエンザウイルスは毎年、慢性疾患や免疫力の低下している患者、小児やお年寄りを中心に数多くの命を奪っている。だが、1918年の「スペイン風邪」のインフルエンザウイルスでは、20歳〜40歳代の若者たちが最も多く亡くなっていたことに大きな特徴があった。



 発端となった米軍のキャンプ地では3カ月で、8000人がインフルエンザにかかり、そのうち1000人が命を落とした。そして、生き延びた若い兵士たちが米国キャンプ地から混み合った列車、船に乗せられて戦地である欧州の港に送られた。インフルエンザウイルスは人混みで伝染しやすく、これが結局、「パンデミック」のプロローグだった。



 兵士たちに宿ったウイルスは欧州各地を駆けめぐり、幾度かの「変異」の度に「感染爆発」を繰り返しながら感染力を強めていった。スペインによってこのインフルエンザのニュースが全世界に伝わったため「スペイン風邪」と呼ばれるようになる。そしてウイルスは、悲しきかな米国にも舞い戻ってくる。



 この間、たった6カ月間の間に地球上の人類すべてに当たる20億人が「スペイン風邪」を患ったという。ところが、翌1919年の春頃から、いつの間にか消え去った。何が「スペイン風邪」を引き起こしたのか、まったくわからないままに……。



遺体からウイルスを回収する試み



 当時、伝染病は微生物(細胞)によって引き起こされると考えられていた。が、ある科学者たちは、その「正体」が細胞よりも遙かに小さな微生物であることは知っていた。そこで、インフルエンザの原因と思われた微生物そのものを「分離」(微生物の分野で、材料となるものから、ある微生物だけを生きたまま取り出す作業)させることを試み、見事に成功した。そして、「分離」した微生物の増殖にも成功し、増殖した微生物を使って健康な人にインフルエンザの症状を起こさせることができたのである。インフルエンザがウイルスで引き起こされたことを証明したのだ。1936年のことである。だが、これは、新たなる難問への道のりの始まりでもあった。



 証明されたウイルスは、1933年に流行した症状の軽いインフルエンザウイルスだったからだ。1918年のウイルスは致死的で、1933年のウイルスは軽い症状のものなのか。その違いは? 「ウイルスとは何だろう――」。この謎を解くには、1918年の「死のインフルエンザウイルス」を探し出すことが避けられなかった。



 1950年代、2つのチームがアラスカに眠る凍結した遺体からウイルスを回収すべく試みたが、ともに失敗に終わった。



 その40年後、ある女性科学者が3度目の試みを行う。友人を伝い、ノルウェーの島の炭坑に1918年のスペイン風邪で亡くなった遺体を探す決意をし、1997年に彼女は現地を訪れた。無事に遺体までにはたどり着けたが、計画は順調に進むことを許さず、眠っていた遺体の保存状態も期待を裏切るものだった。にもかかわらず、女性科学者のチームは地道に作業を続け、いくつかの肺の組織を含む100以上の組織を採取し、世界各地の研究室に送ったという。



子どもも大人も読める「物語&入門書」



 スペイン風邪の大流行から始まって、遺体からの組織採集の成功まで一気に読み抜ける。米国から全世界へ流行する過程の描写も巧みだし、1918年のウイルスを宿った遺体探しの道程も、テンポがいい。話はこれだけではなく、インフルエンザウイルスの遺伝子の設計図を世界で最初に読んだ科学者の話など、内容の豊富さにも事欠かない。



 本の装丁や文字の大きさ、内容の平易さ、わかりやすい語り口、専門用語の噛み砕き方、図解や写真の豊富さなどからみるに、読者対象は著者の一連の作品と同じく、小学校高学年あたりだ。



 だからといって、バカにしてはいけない。ワクチンの話では、「インフルエンザウイルスにシフト(不連続変異)が起き、変化したウイルスに対して誰も免疫力を持たなかった場合、政府とメーカーが全力を挙げてほとんどの国民にワクチンを接種できるのはごく限られた国だけ。それ以外の多くの途上国の人々はなすすべもなく死の危険にさらされる」と警鐘を鳴らしている。



 物語として読むも良し、向学のための入門書として知識を増やすも良し。インフルエンザの知識を身につけるのには、うってつけの一書だ。



(井関 清経=健康サイト編集)



書名:インフルエンザ感染爆発
著者:デイビッド・ゲッツ
訳:西村 秀一
画:ピーター・マッカーティー
出版:金の星社
税込価格:¥1,365(本体:¥1,300)
サイズ:A5判/133ページ
ISBN:4-323-06082-3
発行年月:2005年12月



記事トップにもどる







■「nikkeibp.jp健康」3月26日号:その他の最新記事
・あなたは「長生きタイプ」?「早死にタイプ」?
・なぜ目覚まし時計の直前に目が覚める?
・肥満は“体内時計”の乱れが原因?
・「13日の金曜日」に交通事故は増える!?
・満月の夜には人も凶暴になる!?
・男も女も自殺が最も多い“魔の月曜日”
・活脳塾:初対面の人には自分から先に話しかけよう

ここから下は、関連記事一覧などです。画面先頭に戻る ホームページへ戻る

記事検索 オプション

SPECIAL

日経BP社の書籍購入や雑誌の定期購読は、便利な日経BP書店で。オンラインで24時間承っています。

ご案内 nikkei BPnetでは、Internet Explorer 6以降、 Safari 2以降、Opera 8以降、Netscape 8.1以降またはHTML 4.01/CSS level 1, 2をサポートしたWebブラウザでの閲覧をお勧めしております。このメッセージが表示されているサポート外のブラウザをご利用の方も、できる限り本文を読めるように配慮していますが、表示される画面デザインや動作が異なったり、画面が乱れたりする場合があります。あらかじめご了承ください。

本文へ戻る