“あいまいさ”こそが医療の本質

私たちは病気やケガのとき、医師からちゃんとした科学的根拠にもとづいた治療を受けていると思っている。だが必ずしもそうではないらしい。
たとえば患者に与える薬を選ぶとき、医師は「使いなれている」「製薬会社の営業マンにすすめられた」「値段が安い」「教授や上司の指示」といった、およそ科学的でない理由で決めることが多いという。だから、同じ高血圧でも医師によって薬は別々、もし医学が科学的に完成されているなら、処方される薬はどんな医師でも同じであるはずだ。
医師で、かつて医大の助教授でもあった著者は、医学は科学的な根拠に基づき体系的に構築された学問ではない、という。物理学や化学では、ある理論に基づきどこかの実験室で実証されたことは、理論が正しければ世界中どこでも再現できる。医学にはそういった普遍性、法則性がない。対象である人間が、一人ひとり皆違うからだ。つまり、医学は常に高い精度で同じ結果を出す科学ではないのだ。
加えて実際の医療は、科学的でない多くの制約の中で行われている。大学病院の若い医師は、医局や教授の意見を無視してまで自分が正しい治療を行うことは難しい。開業医でも学会や医師会の方針を無視できないし、病院経営という経済的足かせもある。医療の環境は、技術も制度もまだまだ科学というには程遠い。
それでも近代医学は解剖学、病理学、組織学などの研究を踏まえ、診断や治療の科学的根拠を求め続けてきた。いくつかの疾患については統計学的疫学を基に、客観的な治療方法の基準もつくられている。しかし、人間の持つ遺伝子はみんな違う。病気は、人間の体と病原菌やがん細胞などとの相互関係によって起こる。だとすれば、平均値を基にした医療では、それぞれが違う患者の身体的個性に対応できない。遺伝子や生活習慣が違う人に同じ薬を同じ量だけ押し付けて、それがデータに基づく科学的方法と錯覚しているのが近代医学だ。
何年も患者に接してきた医師は、臨床の現場ではすべてを科学で解決できないことを知っている。あいまいで複雑な人間の体は、データだけではとらえきれない。プラシーボ(偽薬)は、まったく薬効のないはずのものが薬効があるように人体に作用することだが、効果があるということは体の中の細胞や体内物質が変化しているということである。実際にもプラシーボで脳内に麻薬様物質が分泌され、痛みが軽減していることが観察されている。つまり人間の体は、考えるだけで薬様物質を生みだすことさえできるのだ。近代医学の立場では説明できなくても、病気が治るのであればこれも立派な治療といえる。
遺伝子工学の急激な発展や電子工学を利用した精密な検査機器の開発で、人体データは細胞、遺伝子レベルまで網羅できるようになった。しかし、それで患者を客観的に把握し、人体の仕組みの本質がわかったと錯覚してはならない。患者の顔も見ないで電子カルテで病気を把握しようとする若い医師は、医学のある部分を見落としている。それでは、患者の個性を消してしまうということに気づいていない。
実際の診療現場は、もっとあいまいでアナログ的なものなのである。医学には非科学的な部分が存在し、限界もある。あいまいさこそが医学の本質だということを理解し、西洋医学以外の存在も肯定する姿勢こそ医学には必要ではないだろうか。医学は科学ではないということに気がつけば、患者も医学に何をどこまで求めていいのかがわかる。新しい医療の方向はそこから見えてくるはず、と著者は提言している。
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