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実体は劣化した「アポロ」、米国の有人月探査計画(3)

2005年10月28日

〜シャトル関連産業の保護が技術的な歪みに


(松浦 晋也=ノンフィクション・ライター)


2回に渡って解説してきたように、米航空宇宙局(NASA)の新しい有人月探査計画には、奇妙な点が多い(関連記事1関連記事2)。「出来なくはないだろうが、本当にそれが最適なのかと問われれば口ごもるしかない」という設計が、あちこちに見え隠れする。それは、新有人月探査計画が、純粋な技術的問題と言うよりも政治的な問題であることを示唆している。


NASAの新有人月探査計画に影響した政治的問題は2つあった。一つは、宇宙開発を巡る、NASAと米国防総省との確執。もう一つは、既存のスペースシャトル運航で仕事を確保している航空宇宙産業を保護するという産業政策面の問題だ。


「有人対応」という主張で新ロケット開発へ


実はNASAの有人月探査の基本プランは、2004年1月の、ブッシュ大統領による新宇宙政策発表とほぼ同時に検討が始まった。2004年の夏には、月探査のためにスペースシャトルの部品を利用した新ロケットを開発する可能性があると、一部メディアでリーク報道が出た。


基本構想が固まったのは、2005年7月だ。NASAとしては、7月26日のスペースシャトル「ディスカバリー」打ち上げ、あるいは8月9日の帰還に合わせて、華々しく有人月探査プランを発表しても良かった。


そうならずに、発表が9月18日までずれ込んだのは、有人月探査にどのようなロケットを使用するかで、NASAと米国防総省の間で対立があったためである。国防総省は既存の「デルタ4」「アトラスV」の2種類の発展型を使用することを主張したのだった。


ブッシュ新宇宙政策が発表された時点で、NASAが新ロケットの開発を主張すると予想した者は少なかった。この時点で、スペースシャトルに代わる有人宇宙船「CEV」は、翼を持たないカプセル型宇宙船となるであろうという認識が一般的になっていた。


カプセル型宇宙船は、打ち上げに使い捨てロケットを使用する。となれば、既存のデルタ4やアトラスVを使用するのが自然だった。デルタ4を開発したボーイング社と、アトラスVを開発したロッキード・マーチン社は、それぞれ有人月探査計画に使うことを前提とした、大型の発展型ロケットの構想を公表し、これら両ロケットでNASAの有人月探査の需要を満たせるとアピールした。


しかしNASAは、デルタ4とアトラスVの採用に難色を示した。「デルタ4とアトラスVは『有人対応(human rated)』ではない」というのが表向きの理由だ。両ロケットは無人の衛星を打ち上げることを目的に設計されており、より一層の安全性が要求される有人打ち上げには使えないと主張したのである。


新たな大規模計画である有人月探査への干渉を嫌う


NASAの主張は奇妙なものだった。1960年代、NASAが有人宇宙活動を開始した当初、「マーキュリー」や「ジェミニ」といった有人宇宙船を打ち上げたのは大陸間弾道ミサイルとして開発された「アトラス」であり「タイタン」だった。共に有人打ち上げを前提としたロケットではない。


ソ連と過酷な競争をしていた1960年代とは、時代が違うとも言えるかも知れない。しかし、デルタ4とアトラスVもまた、かつてのアトラスやタイタンと同じではない。


デルタ4とアトラスVは、1990年代に国防総省が推進したEELV(Evolved Expendable Launch Vehicle:発展型打上げロケット)計画に基づいて、国防総省の予算によって開発された。既存のロケットに対して打ち上げコストを25〜30%削減し、打ち上げ成功確率をそれまでの95%程度から98〜99%に引き上げることを目的に設計されている。


設計上の目標である98%以上の成功確率は、スペースシャトルの運航実績(114回飛行して、2回の致命的事故)に匹敵する。さらには、カプセル型宇宙船は事故時に宇宙飛行士が登場するカプセルを、脱出ロケットで安全に帰還されるシステムを装備できる。たとえロケットが失敗しても、搭乗した宇宙飛行士は生命を失うことなく地上に帰還できるのだ。



デルタ4ロケット。これは現在一番大型の「デルタ4ヘビー」(photo by Boeing)

アトラスVロケット(photo by ILS)          



しかし、NASAは「有人対応」にこだわり、最終的にスペースシャトルの部品を利用した新ロケットを開発することを、国防総省に認めさせた。NASAの主張する「有人対応」とは、「有人打ち上げ専用に開発され、使用した実績がある」ということであり、実際問題としてスペースシャトルの部品を使い回すということと同じだった。


NASAがあくまで「有人対応」を主張した理由の一つは、デルタ4とアトラスVが、国防総省のEELV計画で開発されたことを警戒したのだろう。両ロケットを採用すると、NASAの計画に国防総省が色々と口を出すことが可能になる。


NASAは、歴史的に国内外から様々な干渉を受けてきた。スペースシャトルの開発では、国防総省からの資金提供を受ける代わりに、シャトルの仕様決定にあたって、国防総省の意向を取り入れざるを得なかった。1980年代初頭からNASA独自の計画として検討していた宇宙ステーションは、レーガン米大統領の意向で国際協力の大規模計画となり、結果としてNASAは、参加各国の足並みの乱れと、「あまりに巨大な予算を必要とする」と米議会で繰り返し提出される計画中止動議に悩まされることになった。


新有人月探査計画では、NASAはなるべく国内外からの干渉を避けたかったのだろう。


シャトル関連産業を保護しなくてはならない


もう一つ、NASAにはスペースシャトルの部品を利用した新ロケットをどうしても開発しなくてはならない理由があった。スペースシャトル関連産業の保護だ。


スペースシャトルは巨大なシステムであり、その運航には全米の数多くの企業が関係している。2010年にスペースシャトルが運航を終えると、それらの企業は仕事を失う。そのままでは全米のシャトル関連産業で、リストラが始まることになる。ベテラン設計者も熟練作業者も散逸し、もう一度同じ体制を組むことはほぼ不可能になるだろう。


NASAにしてみれば、新有人月探査計画は、既存のスペースシャトル計画から連続的に移行できるものでなくてはならなかったのだ。


スペースシャトルからの連続的な移行は、米国内からの干渉を防ぐ意味もあった。有人月探査に使用するロケットで、一部のシャトル部品を使わなかったら、その部品を製造する地元が雇用が確保できないとして騒ぎ出し、地元選出の議員が動くということになるだろう。そのような事態はNASAとしては望ましくない。


NASAは、どうしてもスペースシャトルの部品を流用した新ロケット「クルー・ローンチ・ビークル」と「ルナ・ヘビー・カーゴ・ローンチ・ビークル」を開発しなくてはならなかったのだ。新ロケットが、技術的に有人月探査という目的に対して最適、かつ十分なコストパフォーマンスを持つかよりも、「スペースシャトルの部品を流用する」ということが重要だったのである。


日本は最小限の関与程度に留めるべき


本稿の第一回で、「アポロ計画のハードウエアは、『月に人間を安全に送り込み、帰還させる』というただ一つの目的に絞り込んで設計されていた。技術的に迷いがなかったのだ。」と述べた。


一方、新有人月探査計画のハードウエアは、1)その後の有人火星探査につなげて行かなくてはならない、2)スペースシャトルの技術を継続使用しなくてはならない――という2つの条件を課されてしまった。その結果、現状では「できなくはないだろうが、どうにも微妙」としか言いようのないものとなってしまっている。


巨大計画は、よほどのことがない限り、必ず途中で予期せぬトラブルに遭遇し、計画遅延が発生するものだ。その場合に、どの程度計画が回復力を持つかは、計画全体のアーキテクチャが、どれだけ純粋に目的に向けて最適化されているかで決まる。


多分に不純な要素を含んだ新有人月探査計画は、計画途中で何らかの設計や計画スケジュールの変更を受ける可能性が高いと判断できる。


そのような計画に、日本は今後どのように対していくべきなのだろうか。


中山成彬文部科学大臣は、米国が月探査案を発表した直後、9月20日の記者会見で、「文部科学省といたしましては、新有人月探査計画への参加につきましては、米国と必要な情報交換を行いながら、我が国としての有人宇宙活動や宇宙科学研究などの長期目標等を十分に踏まえまして、我が国の進むべき方向と合致する場合には、その参加形態等について、今後検討してまいりたいと考えております。」と述べ、日本が今後、米国の計画に参加する可能性について言及した。


日本の関与については、2つの要素を考慮しなくてはならないだろう。一つはここまで説明してきた通り、新有人月探査計画が、技術的に不純な要素を含んでいるということ。技術の問題に、雇用や国家の意志決定といった政治的問題が絡むと、大抵の場合ろくなことにはならない。


もう一つは、米国が国際宇宙ステーション(ISS)の経験から、次世代の計画は参加パートナーの意向に顧慮することなく、米国一国で意志決定できるようにしたいと考えていることだ。米国の側から見たISSは、参加各国の意向を気にしなければならないストレスに満ちた計画だったのである。


この2点を考慮すると、パートナーとして新有人月探査計画に参加した場合、(1)技術的問題点による計画変更と遅延、(2)すべてが米国の都合で決定され、パートナーには一方的に通知されるだけ---という事態が予想される。


少なくとも「月探査に必要な有人宇宙技術を習得する」というような甘い考えで、計画に参加するべきではないだろう。


私見だが、新有人月探査計画に、米国と対等のパートナーとして参加できるのは、独自の有人宇宙飛行技術を保有する国だけではないかと思われる。そのような国は、軌道上、あるいは月周辺でトラブルが発生した時の救難船打ち上げというようなバックアップ体制を構築するという方向で、米国の意向とは独立した、独自の技術開発を進めることができるからだ。つまり、ロシア、ロシアと組んだ場合の欧州、中国が、有人月探査に参加し、日本は外れる可能性が高いと考える。独自の有人宇宙船の保有が、国際共同の月探査計画へのチケットとなるのだ。


私は数年来、日本は短期間かつ低コストで開発可能なカプセル型有人宇宙船を開発し、運用するべきと主張してきた。地上と軌道上の独自の有人輸送システムを持てば、ISSを初めとした軌道上のインフラストラクチャーに自分の意志でアクセスする権利を持つことができるし、トラブルのリカバリーや、人員輸送の相互補完などで、他国の足りない点を補うことが可能になる。


自前の有人宇宙船を持つことで、初めて真の意味でのイコール・パートナーとして計画に参加することができる。


しかし、内閣府・総合科学技術会議は2002年6月に「今後10年、独自の有人計画を持たない」という方針を打ち出してしまった。


10年という時間は、世界情勢が大きく変化するのには十分だ。今や中国だけではなく、インドも独自の有人宇宙開発を示唆しているが、そのような状況は2002年時点では予想の範囲外だった。


日本は「2012年まで、独自の有人計画を持たない」との態度を貫くなら、可能な限り新有人月探査計画への関与を回避し、最小限の関係に留めるのが、米国の意志に振り回され、予算を浪費しないためにも賢明であろう。(この項おわり)


■実体は劣化した「アポロ」、米国の有人月探査計画記事一覧】

(1) シャトル技術流用が実現性に影

(2) ミッションの要に新規開発を集中

(3) シャトル関連産業の保護が技術的な歪みに


◆筆者:松浦 晋也=ノンフィクション・ライター。 1962年、東京都出身。 日経BP社記者として、1988年〜1992年に宇宙開発の取材に従事。主に航空宇宙分野で執筆活動を行っている。著書に 『われらの有人宇宙船』(裳華房)、『国産ロケットはなぜ墜ちるのか』(日経BP社)など。近著に、火星探査機『のぞみ』の開発と運用を追った『恐るべき旅路』(朝日ソノラマ)、スペースシャトルの設計が抱える問題点を指摘した『スペースシャトルの落日』(エクスナレッジ)がある。


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