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実体は劣化した「アポロ」、米国の有人月探査計画(2)

2005年10月26日

〜ミッションの要に新規開発を集中


(松浦 晋也=ノンフィクション・ライター)



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米航空宇宙局(NASA)の、新有人月探査計画は、基本的に新規の技術開発をなるべく少なくすることを目指している。



にも関わらず、人間を月に送り込み、安全に帰還させるという全行程を見ていくと、「ここがトラブルを起こすと、計画全体が危うくなる」というミッション・クリティカルな部分で、高性能だが必ずしも安全ではない推進剤を新たに使用している。



地球と月を往復するにあたっては、



(1)地球周回軌道から月に向かう軌道に入る

(2)月周回軌道へ入る

(3)月への着陸

(4)月面からの上昇

(5)月周回軌道から離脱して地球への帰還軌道に入る


――という5回の大規模なロケット噴射が必要になる。



アポロ計画では、(1)は液体酸素と液体水素を使用する「サターンV」ロケット第3段を使用し、(2)から(5)までは、確実に着火するヒドラジンと四酸化二窒素を推進剤とするロケットエンジンを使用していた。



一方、新有人月探査計画では(1)こそアポロと同じ液体酸素・液体水素を使用するものの、(2)と(3)は液体酸素・液体水素の組み合わせを利用し、(4)と(5)は、過去に実績のない液体酸素・液化メタンを推進剤とする新しい液体ロケットエンジンを開発する。これらはミッション全体の危険性を増している。



安全性を優先するなら、ミッション・クリティカルな部分は可能な限り保守的な設計を採用すべきだ。アポロ計画は、1960年代の技術で危険性を最小にするように設計されていた。



が、新有人月探査はそうではない。



理由の一部は、新たなハードウエアを将来の有人火星探査に転用できるようにするためだ。つまり有人月探査は、将来的な有人火星探査のための技術開発の場でもある、と位置づけられているのである。



しかし、構想段階にある有人火星探査のために、その前段階である有人月探査に危険性のある技術を採用するというのは、疑問が残る。



ヒドラジンから液化メタンへと燃料を変更



アポロ計画では、月周辺と表面での噴射には、窒素と水素の化合物であるヒドラジンと四酸化二窒素の組み合わせを全面的に採用した。ヒドラジン/四酸化二窒素は、それぞれ人体に有害な物質である。その一方でこの組み合わせは、混合すれば自然に発火するので、ロケットエンジンに着火機構が不要という利点がある。さらに、常温でも蒸発せずに長期間の保存が可能でもある。



月近傍での噴射は、どれがうまく行かなくとも、人命に関わる可能性がある。だから、間違ってもロケットエンジンが点火しないというような事態は起きないようにしなくてはならない。



そのために、最も確実な推進剤として、ヒドラジンと四酸化二窒素が採用されたのだった。



ところが新有人月探査計画では、月面からの上昇と月周回軌道から地球への帰還軌道に入るために、液化メタンと液体酸素という組み合わせを使用する。



メタンを使用する理由は、将来の有人火星探査にある。火星の大気には二酸化炭素が含まれている。このため有人火星探査では、二酸化炭素と地球から持ち込んだ水素とで、炭素と水素の化合物であるメタンと、液体酸素を製造し、推進剤に使う案が有力視されている。



火星にある物質で推進剤を製造できれば、地球から帰還のために必要な推進剤を持ち込む必要がなくなる。その分、必要なロケットも有人宇宙船も小型化でき、探査を低コストで実施できる。



しかし、メタンと液体酸素の組み合わせは、ヒドラジンと四酸化二窒素ほど安全確実ではない。



まず、メタンと液体酸素は混合しただけでは着火しない。着火のためには、電気スパークのような別の仕組みが必要となる。その分エンジンは複雑になり、故障確率は上がる。



また、液体酸素は沸点がマイナス183度、液化メタンはマイナス162度という極低温であり蒸発しやすい。計算上は太陽光を遮るシールドを適切に展開すれば、宇宙空間でも液体のまま長期保存が可能ということになってはいる。しかし本当に長期保存が可能な設計を実現できるかは、実際に試してみなければ分からない。おそらくは事前に長期保存を試験するための衛星を打ち上げて、運用してみる必要があるだろう。



現状で、液化メタンと液体酸素を使う信頼性の高いエンジンが不可能と断定することはできない。しかし、その開発には、十分な時間と予算をかける必要があるだろう。



月面からの上昇と、月周回軌道離脱には新規開発の液化メタン・液体酸素エンジンを使用する(Photo Credits: NASA/John Frassanito and Associates)



液体酸素・液体水素の蒸発を防げるのか



さらに奇妙なことに、新有人月探査計画では、月周回軌道に入る時と、月面への降下に、液体酸素と液体水素という組み合わせを使用するという。



液体酸素、液体水素は高性能な推進剤だ。しかし一方で、液体酸素は沸点がマイナス183度、液体水素はマイナス253度であるため、いずれも極低温で保管しなくてはならない。また、液体水素は密度が0.07と水の1/14しかない上に、比熱も小さく非常に蒸発しやすい。しかも発生する水素ガスは分子が小さいので少しの隙間からでも漏れていってしまう。取り扱いの難しさは、液化メタンの比ではない。



現在地上で使用している液体水素用タンクローリーは、魔法瓶のような真空断熱を採用するなど、複雑な構造のタンクを搭載している。それでも1日に全容積の1%弱が蒸発することは避けられない。



軽量化が必要なロケットでは、重量のかさむ複雑な構造のタンクは使用できない。日本のH-IIAロケットやスペースシャトルなど、液体水素を使用するロケットは、打ち上げの直前までタンクに水素を供給し続けて蒸発分を補充する。軌道上で、実用的に液体水素を保存できるのは、せいぜい数時間。長く見積もっても半日というところである。



地球周回軌道から月までは約3日かかる。だから、月周回軌道進入と、月面への降下に液体酸素・液体水素のエンジンを使用するには、少なくとも3日間以上は液体水素が蒸発せずに保管できるタンクを新たに開発しなくてはならない。



もちろんタンクが重くなりすぎてはいけない。過去に米国は、アポロ宇宙船やスペースシャトルに搭載した燃料電池のために、液体水素を長期間保存するタンクを開発している。しかしそれはチタンを使った球形のものだった。液体水素の量が比較的少量だったので、チタンで十分だったのだ



軽量で宇宙空間において3日以上液体水素を保管するタンクが開発できないと、現時点で断言することはできない。しかし、開発がそれなりに困難なものになるであろうことは予想できる。



アポロとの違いを強調したいがための奇妙な設計か



この他にも、新有人月探査計画には、奇妙な設計がいくつか存在する。例えば、CEVのRCSだ。



宇宙機には姿勢を制御するための小型のロケットエンジンがいくつも装着されている。ガス噴射の反動で姿勢を制御するので反動制御系(RCS)と呼ばれる。現在の宇宙機は、有人無人を問わず、RCSの推進剤としてヒドラジンを使用している。ヒドラジンは四酸化二窒素と混合しなくとも、触媒に吹き付けるだけで分解して熱とガスを発生する。ロケットエンジンとしての性能は低いが、ヒドラジンのみを使用するので構造は簡単になり信頼性は高い。大型の宇宙機では、ヒドラジンと四酸化二窒素の組み合わせも使用する。



ところが、NASAが新たに開発する有人宇宙船「CEV」では、エタノールと酸素ガスという組み合わせを採用する。この組み合わせの意図は不明だ。万一漏れた場合の安全性は、ヒドラジンよりも良いが、エンジンは複雑になるし、なによりもエタノールと酸素は混合しただけでは燃焼しない。電気スパークによる着火機構が必要となる。



一体なぜ、NASAはこのような、実現不可能とまでは言わないまでも、どこか座りの悪さが感じられる設計を採用したのだろうか。



おそらくは、液体酸素・液体水素、液体メタン・液体酸素、エタノール・ガス酸素という組み合わせのどれもが、既存のヒドラジン系の推進剤よりも高性能であるというところに答えがあるように思われる。



新有人月探査計画では、無人の月探査船などを大型の「ヘビー・カーゴ・ローンチ・ビークル」で、宇宙飛行士を「クルー・ローンチ・ビークル」で打ち上げ、地球周回軌道でドッキングして月に向かう。



クルー・ローンチ・ビークルの打ち上げ時重量は約800トン、ヘビー・カーゴ・ローンチ・ビークルは約2900トンだ。合計3700トン。これで月に4人の宇宙飛行士を一週間程度滞在させる。一方アポロ計画で使った「サターンV」ロケットは、打ち上げ時重量が、約2800トンで、2人の宇宙飛行士を最大3日間月面に滞在させた。



月滞在の人・日数で、打ち上げ時重量を比較すると、新有人月探査計画が、132トン/(人・日)、アポロ計画が467トン/(人・日)。



アポロ計画では月を周回する宇宙船に宇宙飛行士が一人残ったのに対して、新計画では4人の飛行士全員が月面に降りる。また、新ロケットとサターンVでは使用する推進剤も異なる。だから、これはごくごく大ざっぱな荒い比較だ。それでも、新しい計画では、かなり構成要素、中でもロケット重量の大部分を占める推進系の性能を向上させる必要があることが見て取れる。



新有人月探査は、アポロ計画と同じでは意味がない。その後に有人火星探査が控えている以上、アポロ計画よりも大規模かつ長期間であることが要求される。そのためには、推進系の性能向上がどうしても必要になったのだろう。



推進系は、第1段、第2段よりも、第3段以上の性能を向上させたほうが、全体の性能への寄与が大きくなる。このため、もっとも全体の性能への影響が大きい月面回りの噴射で使われるロケットエンジンで、性能は低いが確実なヒドラジン系推進剤ではなく、高性能の液体酸素・液体水素や液化メタン・液体酸素を使用するということになったのだろう。同時に、これらは、有人火星探査でも必要な技術だという位置付けになったものと思われる。



しかし、高性能な新技術を採用した結果、ミッション全体の安全性は明らかにアポロ計画より後退している。その分を、アポロ以降40年あまりの間の技術革新で果たして補えるのかどうかは、現時点では不明だ。



ただし、技術開発のための時間が十分にあることはただ一つの明るい材料である。ここまで述べてきた技術は、2018年の有人月着陸に間に合えばいい。開発には、今後13年の時間をかけられるわけだ。(続きへ



◆筆者:松浦 晋也=ノンフィクション・ライター。 1962年、東京都出身。 日経BP社記者として、1988年〜1992年に宇宙開発の取材に従事。主に航空宇宙分野で執筆活動を行っている。著書に 『われらの有人宇宙船』(裳華房)、『国産ロケットはなぜ墜ちるのか』(日経BP社)など。近著に、火星探査機『のぞみ』の開発と運用を追った『恐るべき旅路』(朝日ソノラマ)、スペースシャトルの設計が抱える問題点を指摘した『スペースシャトルの落日』(エクスナレッジ)がある。


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